Dear My Friend
連載60 ($Revision: 1.2 $)寒くなってきたので、クローゼットの奥の方から厚目のジャケットを取り出して着た。◆ ◇ ◇
なにげなくポケットに手を入れると、ピアスがひとつハダカのまま出てきた。
「こんなところにあったのか・・」
一年近く前に、上司に注意されて外して、そのまま入れっぱなしだったのだ。そういえば、それっきりしなくなってしまっていた。一番のお気に入りのコレが行方不明だったから、というのもあるけど、それよりも・・
テーブルの上にそれを置いて、外へ出る。
自転車のペダルを漕ぎながら思い出すのは、(前の彼女) のこと。あのピアスはその人からもらったものだった。とくに一生懸命探そうとしなかったのは、ちょうど無くした時期が別れたときと重なっていたから。
もうあれをつけることもないだろう、そう思う。
その日は、午前中に極めて生産性の無い会議があって、半分眠りながら時間が流れていくのをじっと待った。それが終ったあと、一人で昼食のために外に出た。
考えなしに歩いていたら『上海楼』に着いてしまった。仕方無く(?) 中に入って、いつもの定食を頼む。それを食べていたら、
「うぃーす」パセリだ。
ここではよく遭遇する。彼女らは食堂が終ってしまった頃に、昼食を取るときには、ここに来ることが多いみたい。
独りでカウンターで食べるのもナンなので、盆を持って移動する。
パセリと祐次、高原さん、というメンツである。
「聞いたゾ」高原さんが云う。
「なにをですか」
「パセリんとこ泊まったんだって?」
「だ、誰が云うんですかぁ、そんなことを」
「あたし」とパセリ。
おいおい、お前がユーナ。
「らぶこめオトコ」祐次も云う。
そんな称号はいらない・・
「今日はマキさんは?」
「うん、午後から会社に来ると思うけど」
客先に直行しているらしい。
「ちぇー」
みんなが食べ終るのを待って、煙草に火を点ける。
「パクスポ *1 どうだったの? 須藤くんとしては」
「楽しかったですよぉ」
「みんなそう云うけど、どう楽しかったの?」
「いろんな人と会えたし、新作発表みたいなのもあったし、なにより雰囲気を味わえましたね。Palm のパワーを体感できる、みたいな」
「ふうん」
「興奮してし、めまぐるしかったから、なにがどうとかあんまり覚えていないのが実際ですかね。後で、Beam してもらった名刺を眺めながら悦に入る、みたいな」
「今度は一緒に行きましょうね」パセリも云う。
「参加してみなきゃ。楽しいとかそういうのって、分かんないと思いますよ。Web とかでのレポートもありますけど、それって、今度は一緒に楽しみましょう、ってことですよね」
高原さんは、なんとなく納得した様子。「そうだよね、楽しいかどうかは行ってみるしかないんだよね、きっと」
「ぼくら、打ち上げまで、参加させてもらったんですよ」
「うん、あたしのおカゲだからね」とパセリ、ちょっとエラそう。たしかに彼女がスタッフの一人だったおかげで、ぼくらまでスタッフ打ち上げに紛れ込めたワケである。
「それで」祐次が云う、
「カラオケボックスでパセリが眠りこんじゃって、担いで帰ったんですよ」
夕方になって、とくに忙しいわけでもないので、早目に切り上げようとしたのだけど。
パーム亭のチャットで、マキさんとつい話し込んでしまった。それで、ちょっと飲みに行こうか、という話になり、ぼくも他の人たちを誘ってみるということにして、接続を切った。
香織、里見を探しに行ったが、もう帰ってしまっているみたい。今日介もやっぱりいなかった。携帯に連絡してみるが、通じない。
それで一人で一階のエレベータホールへ下りてみると。
「だめ、こっちもみんな忙しいんだって、」とマキさん。
「祐次もパセリも?」
「うん、ちょっと二人とも今日中にやることがあるんだってさ」
けっきょく二人だけみたい。
「どうしようか」と訊かれるが。
「まあ、いいや、行きましょか」
歩いて駅へ向う、ぼくは BD-1 を押しながら。
「なに食べようか」
「そろそろ温かいものがいいよねぇ」
しかし、昨年によく行っていたおでん屋さんはいつのまにか無くなっていた。ぜんぜん別のお店になってしまってる。それで仕方無く、その近くにあった、居酒屋らしき暖簾をくぐった。
「そうだ、パクスポで配られたってヤツちょうだい」
最初の日本酒が運ばれてきた頃、マキさんはそう云った。DelDoc *2 で、『ナショスポDoc』*3 をひと揃い送る。
「あんまり、マキさんに読んでもらいたくないモノもあるけど」
「なに?下ネタ?」 「うん」
メニューを見ると魚料理のバリエーションがたくさん。旬モノの刺身とか、この時期おいしいキンキなんかを注文する。
「ねえ、知ってる?」
「なにを?」
「祐次と丸山が付き合ってるんだって」
「いいの?私なんかにバラして」
「どうせすぐにバレるんだから、かまへん、かまへん」
「へえ、そうなんだぁ。云われてみると、さいきん丸山さんよく来るなぁ、ウチの辺りに」
「でしょう。まだ、バレてないと思ってるから、たまにツっこんでやると面白いと思うよ」
「ふふふ、そうか、ちょっとイジめてやろ」マキさん、嬉しそうに笑う。つい、ぼくはそれに見とれてしまうのだけど。
「マキさんは?」
「ん?」
「オトコいるの。いま」
「前にも、そんなこと云われたよね。いません」
「ホントに?」
頷くけど、ちょっと不自然に見えた。
「ぼくとつき合ってみるっていうのはダメ?」
「ホンキ?」
「かなり本気なんだけど」
彼女は手にしていた日本酒のグラスに口をつける。そうして、次の言葉を探してるみたいだ。
「分かんないんだけど」と云いながら、上目づかいにぼくを見る。
「千夏くんて、私のことそんなに知らないよね。どうして、そんなこと云えるんだろ」
「べつに深くつき合った上で、そうならないとイケナイわけ?」
「ううん、そういう意味じゃなくって」
「顔が好きとか、性格が好きとか明解な答えがいる?」
「・・・」
「鳶島さんは?」
予想はしてたけど、周りから見るとぼくは里見とつき合っているものと思われてるみたい。
「アイツは、たぶんそういうんじゃない」
「?」
「ぼくの向うにダレカを見てる気がする」
「前の彼氏とか」「たぶん」
それが見えるから彼女のあからさまなアプローチにも、応えることができない。
「でも、それは今の千夏くんにも云えることじゃないの?」
思わず指に狭んでいた煙草を落としそうになった。そうか、そういうことだったのかもしれない。面影とか、仕草とか無意識に重ね合わせているのか・・
しばらくぼくは自分の指先だけを見つめていた。
「ねぇ」マキさんは云う。
「私、好きなヒトいるよ」
にっこりとそう云われてしまった。
「そう・・、片想いなの?」
「たぶんね」ちょっと淋しそうな表情。
「ちゃんとアプローチしてる?」
「え・・ ちょっと今は離れてるから」
「ダメだよ、それを理由にしてたら。ちゃんと伝えてる自分のコト?」
「分かってはいるから、うん」
でも、それは思うように行っていないみたいな口振りだ。
「ダメ、ちゃんとマキさんの気持ちを云う、って約束してくれないとオレも諦められないじゃない」
「うん、そうだね。ガンバろうかな・・」
ぼくの携帯が鳴った、短く。祐次からのショートメールで、いまイングルサイドにいるらしい。
勘定を済ませて、外に出た。
「おいしかった」
「うん、そうだね」
すぐそこが駅だから、マキさんはそちらに向かうのだろう。ぼくは、自転車のカギを外すと。
「じゃあ、祐次たちと合流するから、」
「うん、じゃあ、またね」
「マキさん、約束だよ」
「分かった。また、話聞いてくれる?」
ぼくはイングルサイドへの近道を走り始める。頭の中はいろんなことが駆け巡っていた。感情を抑えようとして、理屈を捏ねくり回す自分がいる。ものゴトの意味なんてそんなに重要じゃないのに。
数日振りのイングルサイドだ。ぼくはおもてに停めると、入り口の鈴を鳴らす。
いつものテーブルに祐次と香織、パセリがいる。
「うぃーす」
「おお、早かったな」と祐次。
「鳶島は?」
「今日は別に用があるんだってサ」香織が云う。
「オトコかな?」
「そうかもね」と、ちょっと冷たい云い方。とりあえず、席についた。
「マキさんと一緒だったんでしょ」パセリが訊く。
「仕事はケリがついたの?二人とも」なんとなく頷く二人。明らかにはぐらかしたのが分かったらしい。
「どうかした?」祐次が訝し気な顔をする。
「須藤くん、心ここにアラズ、だね」
「なんだよ、それ」
「自分で気付いてないと思うけど、考えごととかしてるとき、左耳を触るんだよね」パセリが自分の耳を指しながら云う。ぼくは無意識的に、左耳のピアスの跡を触っていたらしい。自分にそんなクセがあるとは全然知らなかった。
「・・フラれた」
三人ともその言葉を飲み込むのに、ちょっと時間がかかったらしい。
「そっか」
「で、どうするの?」「あきらめる?」
「応援することにした」
「はあ?」
マキさんに好きな人がいることまで話してしまった。やっぱり、ちょっと思考が混乱していたんだろう。
いまになって思えば、酔ってたし。
ぼくはいいかげん飲みすぎていたみたい。あと、精神的な酔いもあったんだろうな、外へ出て、夜風に当たっていた。灰皿持参で。
イングルサイドの裏口から出て、大きな木の元に座りこんだ。煙草の煙が風に乗って離れていくのをなんとなく見ていたら、いつの間にか祐次が隣にいた。でも何も云わないで、同じように煙草を咥えている。
そうやって、しばらくの間、星を見てた。
◇ ◇ ◆
註
*1: パクスポ2000 Offisial Site はこちら。
*2: CHEEBOW さん作、DelDoc は Doc の削除だけではなく、Beam も可能です。パクスポでの Doc の配布にも活躍してもらいました。
*3: ナショスポ2000。PAG-J に発展してます。