PalmPilotRaceの最近のブログ記事

ワンモア・ピリオド
連載50 ($Revision: 1.0 $)

◆ ◇ ◇

「独身ですか?」なんて無粋な質問をかわした後、担当の『新人講習会』の初日が始まりました。
 マキさん、つい自分が2年前に座っていた席を見て、タタさんと初めて出会った時のことを思い出します。
 いわくありそうに取り出した Palm にもみなさん無関心そうで、ちょっとがっかりです。それとも、もう珍しくないくらい、世間に認知されているのかな? と考えます。
 早くもいねむりを始めている新人さんを見て、なぜか有川くんを思い出しました。
 実習の時間になると、皆なさんディスプレイに集中し始めます。しかし、やはり難しいこと、知らないことが多いらしく早速質問の手が上がります。一人では対応しきれないことは分かっていましたから、祐次くんにお手伝いを頼んでおきました。二人で机の周りをあちこちと飛び回ります。

 やっと布団から這い出ると、そのままシャワールームへ直行しました。熱いものを頭から浴びていると、だんだん頭が冴えてきます。
 アパートを出たところで、忘れ物をしたのに気付きました。慌ててまた、ドアまで戻って鍵を取り出します。
 部屋へ入ると cradle に、乗っている PalmIIIc *1 を取って胸ポケットに差し込みました。ついで、テーブルの上にあった腕時計もジーンズのポケットにねじ込みます。キッチンに寄って、水を一杯だけ飲むともう一度鍵を掛けて外にでます。
 駅へ向かう道を歩きながら、空を見上げると、もうすでに陽は頭上にありました。
「みんなどうしてるかな」有川くん、つぶやきます。
 そして、腕時計を取り出して腕に巻きつけます。ふとそれに目をやると、おもむろに走り始めました。新しい目覚まし時計を買わないとね、と考えながら駅に向かいます。

 昼食には久しぶりに外に出ました。高原さん、三奈月さんは二人して、のんびりと春の道を歩きます。
「ずいぶん散っちゃったね」桜の木を見て高原さんが云いました。
「そうですね」三奈月さん答えながら、花びらが流れて行く川を見下ろします。
 座敷に上がって、ランチを頼みます。高原さんが正面に掛かっている額縁に目を懲らしていたところ、「有川さん、どうしているんでしょうね」と三奈月さんが云いました。
「元気みたいよ。相変わらずだって、」
 有川くんが会社を辞めてからすでに1ヶ月以上が過ぎています。最初の頃は彼が居なくなったことになかなか実感が無かったのですが、最近はちょっと淋しく思うことがあります。彼の再就職先は、誠司さんの会社ですので、高原さんはよく旦那さんから有川くんのその後のことも聞いているみたいです。
「出勤時間が自由になったから、そうとう気楽に仕事しているみたいだよ」とのこと。
「タタさんもまた行っちゃうし、ツマんないね」高原さんもそう思っているみたいです。そうですね、と相槌を打つと窓の外に目をやりました。
 食後のコーヒーでくつろいでいるとき、聞き馴れた音が響きました。あれ?という顔して高原さん、ジャケットの内ポケットから Palm を取り出します。
「あれ、ヤバい会議入っていたんだ」
「あら」
「ごめん、先に帰る」お金をテーブルの上に置くと、高原さんはダッシュでお店を出ていってしまいました。一人残されてしまった三奈月さんは、時間いっぱいまで、よく晴れた春の風景を眺めながらコーヒーを堪能しました。

 それほど苛ついていたわけではないのですが、煙草の火を乱暴に灰皿に押しつけました。誠司さん、客先のロビーで有川くんを待っています。時計を見るともう約束の時間になろうとしてます。
「まったく」
 大きなウィンドウを通して、有川くんが走ってくるのが見えました。やれやれ、といった具合に誠司さん立ち上がると、彼が来るのを待ちます。ひとしきり言い訳を聞きますが・・
「いいか、会社に遅刻するのは、まあ、いいよ。自分のペースで進めていい環境だからな。ただ、客先とか、打ち合わせとかには絶対遅れるなよ。最低限のルールだ」厳しいことを云われます。
「分かってますよぅ、別に今日だって遅れたわけじゃないでしょう」有川くんは云います。
「あほぅ、もうちょっと余裕をみて来い、こっちがハラハラするだろ。ちゃんと受注しての仕事は、お前、今回からだろう」そういうことです。この数日間は環境に馴れるような作業ばかりでした。新しい会社になってから、お客さまに会う仕事をするのは最初のことです。
「今さら緊張はしないだろうけど、これまでよりはすこし気合い入れてけよ」
「分かってますって、」有川くん、自分の顔を両手ではさみ込むように、パチン、と打ちました。
「行きましょうか」そう云って、ロビーの突き当りに見える、受け付けへと歩き始めます。

 祐次くんは、休憩室でスモーカーな新人さんたちと話をしていました。今はちょっとした休憩時間です。
「山科さんって、まだ2年目なんですか?」
「うん、去年入ったばっかりだよ」
「それにしては、ずいぶん、堂に入っているっていうか・・」
「そう?」
「そうですよ、一年でそんなにできるようになるんですか?」と訊かれます
「それはやっぱり、アレですよね」べつの子が云います。「人によるんですよね」
「いや、おれも全然できる方じゃなかったし、配属されたところが良かったから」
「山科さんの部署を、希望している連中、けっこう多いですよ」
「え、そうなの?」
「前に、すごいクラッカーを見事に撃退したことがある人たちだって、おれたちの間でも噂になってます」
「ああ、そんなこともあったらしいね。話には聞いたことあるけど、でも、侵入されちゃったことの方が問題であってさ」
「田中さんってまだ、いらっしゃるんですか?そのスタッフのリーダーだったって聞いてますけど」
「なんかウチらの間では憧れのヒトなんですよね」
 尾ひれが付いた情報が流れているようですが、実際、その件の詳しい内容を、祐次くんは知ってはいません。でも、なんとなく表面にある問題よりももっと大変なことがあったのを感じています。
 祐次くんとって、タタさんは、技術がすごい、すごくない、ということよりも、人間的な魅力として憧れがあります。
「岡崎さん、PalmIII 持っていましたね」唐突にそう云った一人が、おもむろにポケットから取り出した物を組み立て始めます。
「おお、これは Palm Portable Keyboard *2 だね」やはり好きな人はいるみたいです。

 桜を見ていました。満開を過ぎた花びらたちが足元に溜っています。その上をゆっくりと、また、歩きはじめました。今日はずっと打ち合わせでした、ほとんどオフィスに戻ることもなく、煙草の匂いのこもった部屋にカンヅメだったので、外の空気を美味しく思います。陽は傾むいてはいるものの、まだその全ては空にありました。
 たまに下りてくる桜の花びらを手で受けとりながら、そして、待ちながら川沿いの小道を進みます。来週になれば、また、アメリカでの仕事が待っています。そのことに少しだけ思考を向けると、今日の会議の内容も思い出してしまいます。
 後ろからの声に振り向くと彼女でした。手を上げると、その場で立ち止まって待ちます。駆け足気味に三奈月さんが近付いてきます。
「ずいぶん長い打ち合わせでしたね」追いついたところで、彼女は私を見上げて云いました。
「このところ、ずっとこんな状態です。報告会ですから仕方ないのですけど」
「報告会ってまだ終ってないのに」
「そうですね、延び延びになっているプロジェクトですから、中間発表みたいなものです」
 道を二人並んで歩き始めました。
「タタさんの仕事分は終ったんですよね。なのにまだ、離してくれないんですか?」
「そうですね、もしかしたら終らせてしまったのが問題だったのかもしれないです」良い意味では腕を買われたのかもしれないですが、ちょっと複雑な気分です。
「それで、どうやら、正式にあちらで仕事をしなければいけなくなりそうなんです」
 そう云うと、すこしだけ前を歩いていた彼女が立ち止まります。私も足を止めました。
「それは、向うで仕事を本格的にするということですか、アメリカで暮らして仕事をするっていう」振り向かないで三奈月さん云います。最後の方は呟くような言葉でした。
「はい」
「いつ?」
「半年くらい先からですね。また、一度報告に戻ってから、それから、しばらくはあちらで暮らすことになりそうです」
「そうなんですか」
「プロジェクトの最後までつき合わされそうですから、1年か、2年かかるのか分からない状態です」
「ひとりで、ですか?」
「そこは交渉しだいなのですけど」
「交渉?」やっと彼女は振り向いてくれました。「なにを交渉するんですか」どうやら、アサインに関しての、会社との交渉と思っているみたいです。

「いえ、あなたとの交渉です」
「?」三奈月さん首を傾げます。
「一緒に行ってくれませんか?」
 そう云うと傾むけていた顔が少しずつ戻ります。
「はい」はっきりと彼女は答えてくれました。
 なにかくすぐったい様な、しあわせな気持ちが私の中に拡がります。

◇ ◇ ◆


*1: PalmIIIc、PalmVx ともに日本語版が出ましたね。
*2: Palm, Inc. の純正キーボードです。屏風のように折畳みができます。目の前で取り出されたら、相当インパクトがあるはずです。

秘密
連載49 ($Revision: 1.0 $)

◆ ◇ ◇

 絨毯の上には、ビールの缶がいくつか、空になったものは転がっています。同じく無造作に置かれている灰皿は、溢れんばかりで、フィルタがそこから生えているかのように見えます。さらにその横には、PalmV。
「おれ見ちゃったんだ」山科祐次くんが会話の切れ目をみつけて云いました。
「なにを?」須藤千夏くんが訊きます。
「タタさんの Palm に・・」
「タタさんというと、あのひょろりと背の高い人だな」そう云うのは、叶今日介くん。
 それに頷いてから、祐次くんは続けます。「あの人の Palm に・・ いやホントにたまたま見ちゃったんだけど」
 つい先日のことです。タタさんと同じグループにある祐次くんは、定例の打ち合わせで彼の隣になりました。タタさんは、当然のように持参している Palm を取りだします。祐次くんも、なぜが周りの皆なさんがあたり前のように所持している Palm シリーズに興味がありましたから、ついそちらに目をやったのですが。
「週末の予定が見えたんだよ。電源を入れてすぐに出て来てて」 TealGlance! *1 でも入れてたのかな、と千夏くんは思います。
「それで、なんて?」
「『14時、ミサキ』」と内容を云います。
「誰?ミサキって」グループが違う今日介くんは、どうしてその内容が問題になるのかが分かりません。
「海の岬のことかな」千夏くんはすぐに察したようですが、そう云います。
「美しいに咲くって書いてあったから、どう考えも女の人の名前だよ」
「う~む」
「だからそれが何だっていうのさ」今日介くんはいらいらして訊きます。半分も喫っていない煙草を灰皿へ押し付けました。
「つまりね、太郎さんは・・ てそのタタさんて人のことなんだけど。おんなじ部署の女性とつきあっているはずなのさ」
「千夏は何か知らないの?その美咲さんって人のこと」祐次くんは云います。
「いんや、初耳だよ。三奈月さんと見間違えたってことは無いの」それには、祐次くんふるふると首を振ります。
 ようやく、呑み込めてきた今日介くん。「それじゃぁ、その『タタさん』が二股してるってこと?」
 そう云われると、千夏くん、祐次くん、二人して考え込んでしまいます。
 寮の祐次くんの部屋で、しばらく首をかしげていました。すでに夜中の1時を回ろうとしています。
「見間違えじゃない」もう一度千夏くんが云いました。

 さて次の日、いつも通りの時間に出勤したタタさん、cradle に Palm を乗せ。PC を立ち上げます。隣にあるサーバマシンのディスプレイのスイッチも入れると、椅子に腰掛けました。そのまま、Palm の電源を入れて今日のスケジュールをチェックします。
 週末の予定が目に入ります。もちろん覚えていることなのですが、つい口元がにっこりしてしまいます。そこには確かに『美咲さん』という名前がありました。
「どうしたんですか?なにか面白いソフトでも見つけました?」
 突然、声をかけられて、びっくりして顔を上げると三奈月さんがコーヒーサーバ片手に机の向うに立っています。どう?というようにそれを持ち上げたので、タタさんは慌ててカップを取り出すと、差し出しました。それに注いでもらいながら、さりげなく Palm の電源を切ったのでした。

「あれ、男たちは」
「午後から出掛けていますよ」
「山科くん、客先は初めてだって緊張してましたよ」
 食堂です。高原さんは珍しくラーメンです。マキさんはお肉。三奈月さんは魚料理です。
「もう年末かぁ、早いねぇ」高原さんが麺の隙間から云います。
「そうですねぇ」納得するように頷きます。「まぁ、一年が早いってことは、それなりに忙しかったってことで、良いことですよね」三奈月さんが云います。
 窓の外は秋が深まっている風景が見えます。
 少しして、云い出し難そうにマキさんが切り出しました。
「タタさんがアメリカに行くっていうのは決まりなんですか?」
「まだ、決めてはいないみたいだけど。前回は結局、一週間だけあちらに行っただけで、断わっている形になっているから、難しいかもね。」高原さんが答えます。そうして三奈月さんの方を見ました。
「ええ、まだ決めていないらしいです」
「どのくらいかかるのですか。期間的には」
「長ければ2年くらいってことだけど」
「場合によってはもっとかかるかもしれないって」三奈月さん、感情を押しころすようにしてそう云います。
「相談されたんですか」そう訊かれますが、肩をすくめる三奈月さんです。「私がダメだ、なんて云う権利は無いでしょう?」
 その言葉に高原さんは反論がありそうです「そう?」
「はい」

 打ち合わせが終って、電車の中です。空いていたので3人並んで座っています。
「どうでしたか。感想は」真ん中に座っているタタさんが云いました。
「そうですね。やっぱりノートPC 欲しいですね」議事録をひたすら手書きでメモしていた祐次くんは答えます。
「Palm にすれば。キーボードもいろいろあるよ」ここぞとばかりに有川くんが云います。キーボードが使えるんですかぁ、と返ってきます。祐次くんは Palm に相当興味を持ってしまったみたいです。タタさんを狭んであれこれと有川くんに質問します。
「千夏くんは V を持っていますよね」タタさんが思い出したように云います。
「えっ、そうなの?」有川くんは初耳のようです。
「あれはまた違うんですか?」「J-OSIIIx *2 を入れないと日本語が出ないんですよ」しばらく、Palm 談議です。
「噂ですけど、有川さんの WarkPad の壁紙には、奥さんの写真が張ってあるって聞きました」
「・・BackdropEZ *3 ですか?」タタさんの云いかたはちょっと冷たかったかもしれません。
「やってないですよ!!」慌てて否定します。それに無言で答える二人。
「いえ、あの、一回貼ってみたけど、今はしてないです。いやホントに」
「それより」有川くん、素早く話をすり替えようとします。「どうするのか決めたんですか?」タタさんへの問いです。
 このとき、『タタさん二股疑惑』をふと思い出した祐次くん、これを聞いてドキッとします。しかし、まったくそんな話ではなく。彼のアメリカ行きのことでした。
「決めましたよ」
「そうですか」やっぱり、という風に有川くんが答えます。そんな彼はちょっと淋しそうに見えました。

 結局、会社に戻ってきたのは祐次くんだけでした。時間がもう遅くなっていましたので、他の二人とは途中で別れました。彼も同期のメンバーとの飲み会がなければそうしているところです。
 戻って、議事録のメモを元にメールを作成して参加した人たちに流します。その頃には他の皆なさんもそれぞれ帰り仕度を始めていました。
 いつまでも来ない祐次くんを、千夏くんが迎えに来ます。すれ違うように三奈月さんと高原さんが帰って行きました。挨拶を交わしてから、千夏くんは祐次くんの傍らに立つと、「太郎さん、本当に『ふたまた』なのかな」本当に、三奈月さんと『美咲さん』を (両天秤) 状態なのでしょうか。
「たぶん、間違いだと思う」と祐次くんは云います。しかし、それはタタさんの為人から思うだけで、なんの確証も無いのでした。
 いい加減、急かす千夏くんです。今日介くんたちもフロアに来ました。祐次くん、慌ててコートを羽織ります。
そこへ、「いま頃、誰だろう」、電話です。祐次くん、コートに片袖を通した状態で受話機を手にしました。社名を告げると。
「あ、すいません。三奈月ですけど、姉をお願いします」
「すみませんが、三奈月さん、もう帰ってしまいました」弟の仁くんからでした。もちろん祐次くんは彼の名前までは知らないのですが。受話機を置きます。
「三奈月さん宛て?」千夏くんの言葉に、「そう」と祐次くん答えます。
「あ」
「ん?」なにかに気付いたらしいです。
「三奈月美咲さん、なんだ」
「え?三奈月さん、て名前じゃないのか」千夏くんが訊きます。そして、彼の机の上にあるシートに狭んだ座席表に気付きました。そこには、机の配置と席の人の苗字が書かれていました。
 それを掴むと祐次くんの目の前に差し出します。
「これ、なんて書いてある」
「なんのこと?」
「名前だよ」指さします。
「三奈月さん」「どうして彼女だけ名前だと思ったんだよ」
 祐次くんは、ぽん、と手を打ちました。そして、弁解します。「だって、みなづき、っていったら、(六月生まれなんだろうな) て思うじゃない」
「まあ、そうかな」他の方たちも、とりあえずは同意します。
「でもそういえば、三奈月さんって夏生まれって聞いたような・・」
 千夏くんのヒザ蹴りがみぞおちに入ります。
 でも、とりあえず、『タタさん二股疑惑』は解消されたのでした。

◇ ◇ ◆


*1: 電源投入時などに、時間・予定・Todo などを表示してくれる Hack アプリケーション。TealPoint 作成。
*2: PalmOS3 で使用できる J-OS です。もちろん、山田達司さんが作成されました。
*3: Palm のバックグラウンドに壁紙として、16階調Gray の画像を表示できます。Twilight Edge Software。

有川くんの長い一日
連載48 ($Revision: 1.1 $)

◆ ◇ ◇

「なんでしょう、これ」
「血文字ですね、いわゆるダイイングメッセージでしょう」探偵は答えた。
「そうだとは思いましたけど、どういう意味なんですかね、これ」警部は彼に問いた。
 男は床にうつぶせに倒れ、フローリングの床に血溜りができている。周囲は明らかに彼が抵抗した跡が見て取れる。グラスが床で砕け、その中身がまた床を濡らしていた。
「凶器はナイフですね。体の下側に隠れていますが、覗きこめば確認できます」刑事が手帳を見ながら報告する。
 警部と探偵はその位置から、腰をかがめ、確かにそれを確認した。
「なるほど、これは、彼がのたうった跡ですかね」警部は足元を見てそう云った。
「そうですね、即死ではなかったのでしょう。メッセージを残したす気力はあったようですから」そう云うと再度、血文字に目をやった。
 けっきょく、誰も何の意味なのか分からないまま、この探偵が結論を出してくれるのを期待していた。
 皆なでその血文字の周りに集り、意見を交す。文字は、たったの2文字。
「一文字目は『く』の字でしょうか、ひらがなの」
「そう見えるね、しかし、二文字目が分からないな」
「『べき乗記号』でしょうか」
「それにしては大きくないかい、」
「きっと、これは文字ではなくって、方向を指しているんじゃないでしょうか」
「左と上か? で、それにどういう意味があるんだ?」
「さあ」
「うむ、二文字目は『A』を書きかけている風にも見えるな」
「いや、ちょっと角度が違っているだけで、『つ』にも見えませんか?」
「『くつ』?靴屋の店員てことかぁ」
 警察官が意見を出し合うが、これと云って決め手になりそうなものは無さそうだ。
「ねぇ、田中さんいかがですか」探偵に意見を求めた。
 探偵はそれをじっと見下ろしていたが。
「ダイイングメッセージは、もちろん、被害者が犯人を指すために残すものです。その時にあえて複雑なものにしようとする、というのは、それを犯人自身に湮滅されてしまうのを恐れてということになります」
 田中探偵の言葉に、刑事たちは聞き入る。
「それでいて、あまりに分かり難いということはないはずです。誰にも分からなかったら意味はありませんから。だから、二文字というのはやはり犯人のイニシャルなんではないでしょうか」
 警部が驚いて訊き返した。
「『くつ』がイニシャルですか」
「いえいえ、ですから普通のアルファベットのイニシャルなんだと思いますよ」
 もう一度、それを見直してみるが、どう見てもアルファベットには見えてこない。二文字目がなんとなく『A』なのかなぁ、という程度。
「これを見てください」探偵は少し離れたテーブルの上から、手帳のような大きさのものを取り上げた。
「それは、えっと、PDA ですよね。なんて云いましたっけ」刑事のひとりが探偵に云う。
「ええ、これで」そう呟きながら、そのスイッチを入れた。その周りを刑事たちが取り囲む。探偵はその携帯端末に、被害者の残した文字らしきものをなぞった。
 それを見た瞬間にその場にいた全員が納得したらしき嘆息を漏らす。
「どうしてなんです、彼は一番の親友だったのではありませんか」
 探偵が、どうしてか僕に向ってそう云った。
「え、ぼくはやってないですよ。どうして彼を殺さなければならないんですか」びっくりしてそう云ったけど、刑事たちがすぐに僕を取り囲んだ。
 探偵がこちらにその PDA を指し出した『K A』と表示されている。さらに刑事たちの輪が縮まってくる。
「なぜコロシたのですか、」悲しそうな顔をして、探偵が云った。
「そうだ、動機はナンなんだ」警部がまくし立てる。
「そんな・・ぼくがそんなことするわけないじゃないですか、信じてくださいよ。タタさん!!」僕は一生懸命弁明するしかない。身に覚えはまったくないのだ。
「なにを馴れ馴れしい、このヒトゴロシ」
 ひとごろし という言葉が、頭の中でエコーする。僕はあっという間に警官たちに取り押えられた。
「ちがう!! ぼくじゃない・・ そんな、明日は式なのにぃー」
(フェードアウト)

「という夢だったんだよね」
「どおりでうなされていたわけだ」美由さんは(やれやれ)という風に溜め息をつきました。
「それがやたら鮮明な夢だったの。もうクーラー入れてたのに汗だらだらかいちゃったし」有川くん思い出したのか、額をぬぐう仕草をします。
「クーラーは私が寝る前に止めた」「・・そう」
「うん、まだ夏本番前なのに入れっぱなしなんてしてられないでしょ」
 有川くんは反論しませんでしたが、あたかもそのせいで、あの様な夢を見たのだと云いたげな顔です。
 有川くんと美由さんは新居でやっと落ちついたところです。なかなか、段ボール箱が減らない有川くんでしたが、美由さんが見兼ねてさっさと片づけてしまいました。
 今日は電車で式場に向かっているとこです。
「電車でってのも締まんない話だよね」
「そのために車借りるっていうのも変なハナシでしょう?他の人ともスケジュールが違うから、送ってもらうってわけにも行かないし。もともと、それほど遠いこともないしね」
 と結婚式に向っている二人です。無論、彼らの、です。

 さて、そんな会話あった数時間あとです、大変なことが発生してしまいました。
 所は、マキさんの家。彼女は今日の結婚式には二次会からの参加でしたので、朝はのんびりと起きて、仕度をしていたのですが。もう出掛けようかとしていたときに電話が鳴りました。
「タタさん、どうしたんですか。盛り上がってますかぁ」披露宴に出席中のはずのタタさんからでした。しかし、話を聞いているうちに、だんだん気分が落ちこんできてしまいます。
『ポケベルが鳴っちゃって、電話対応はしたのですけど、どうもK社のシステムがちゃんと動いていないみたいなんです。マキさん、申し訳ないですけどちょっと確認してみてもらえませんか?』タタさんの恐縮した姿が受話機の向うに見えそうです。
 ついこの前にリリースしたプロジェクトのシステムが正常に動作していないとのクレームでした。
 出掛ける仕度はひととおり終ってしまっていました。その姿のまま端末を立ち上げます。そして、待ち合わせをしていた三奈月さんに連絡を入れました。
 そのプロジェクトに、マキさんは途中から参加していたのですが、仕様のだいたいは頭に入っています。とりあえず、会社に接続して、そこからプロジェクトのマシンへログインします。原因はすぐに分かりました。
「こんにちは」
 三奈月さんが来ました。本当は駅で待ち合わせだったのですが、時間的にどうなることやら分からなかったので、直接来てもらったのです。一人ではパニックになる、という気持ちもありましたし。
「どうなの?」
「サーバの幾つかが上がっていないだけだから、それを起こしてやればいいだけなんだけど・・」
「だけど?」「root のパスワードが分かんないんです。つい最近変えたみたいで」
 そういえばそんなやりとりをタタさんと有川くんがしていたような覚えがあります。
「変更したのなら、連絡があったのじゃないの。メールとか」三奈月さんが訊きます。
「あったんですよ、有川さんからメールが。昨日出されているのですけど」そう云ってマキさん、メールクライアントを立ち上げます。先程落としておいたメールを開きます。
「肝心のパスワードが書かれてなかったとか?」
「いえ、あります。確かにあるんですけど」ただそれは、PGP で暗号化してありました。「会社じゃなきゃバラせないんですよぉ」
 途方に暮れてしまいます。
「タタさんに訊いたら覚えてるんじゃない」
「でも、たぶん、ランダムな文字の並びだから、いくらタタさんでも、そらでは覚えていないと思う・・」マキさん弱気になってしまいます。まさか式場に PC を持ちこんでいるとも思えませんし。

 バイブレーションにしていた携帯電話が震えました。タタさんはそっと廊下へ出ると、耳にそれを当てます。予想していた通りにマキさんでした。
「そうですか、root のパスワード・・ 覚えてないですね。記号と、確か数字の3が入っていたと思うのですけど」
 受話機のあちらとこちらで溜め息です。
「高砂の彼しか分からないってことですね。しかし、たぶん、彼も覚えてはいないでしょうね。そうなると頼みの綱は、」マキさんも同じことを考えているみたいです。
 席に戻ると高原さんが心配そうに訊きます。同じテーブルの誠司さんと安堂くんも気になる様子。
「彼に云ってみるしかないみたいです」タタさん舞台の方に向かうことにします。
「今なら大丈夫でしょう。お色直し中だし」
 タタさんなるべく皆さんの視界に入らないように、こそこそと彼に近づきます。端から見れば、彼の長身が隠れるわけもなかったのですが。有川くんの脇にしゃがみこんで、ことのなりゆきを話ました。そこに座っていた鶴川さんも驚いています。
「そんなの覚えていないですよぅ」有川くん悲鳴を上げます。あくまで(ひそひそ)ですけど。
「Palm に入れてたでしょう?」
「そ、そうです、入れました。それです!」
「それで、今日は持ってきたのですか?」
 彼は胸ポケット、スラックスのポケットを触ります。あれ? という顔をしてから、
「ああ、そう! 美由に取られたんだ!」
 聞くと、式場に到着して Palm を取り出したら、美由さんにそれを取り上げられてしまったそうです。「こんなときにまで」と恐い顔をされたのでした。
 タタさんはすぐにそこを離れ、廊下に出ました。彼女のところへ向かおうとしますが、さて、お色直し中の花嫁の元へ行くのはためらいがあります。高原さんにお願いしようと、戻りかけたところへ、ちょうど、美由さんが現われました。洋装に着替えた彼女はとてもきれいだったのですが、タタさんに話を聞いた彼女は裾をちょっと持ち上げ気味にして、部屋へ取って返しました。係の人たちもあっけにとられるほどのスピードです。
 戻ってきて、タタさんに彼の WorkPad を渡すと、息を整えます。タタさんは手の中の WorkPad のスイッチを入れながら、その場を離れます。電話をかけなければなりませんから。確かにパスワードが書かれていました。マキさんに連絡します。
 有川くんは皆さんよりも少し高いところから、見おろす形になっているのですが、タタさんがなかなか戻ってこないので、気になって仕方がありません。そちらを見てばかりいたら、鶴川さんに袖を引っぱられました。どうやら、彼女の仕度ができたらしく、廊下へ出るようにということです。
 軽く返事をして立ち上がると、ちょうど、タタさんがドアを開けて入ってきました。有川くんに合図するように、笑ってから手を上げてくれました。鶴川さんにも分かったようで、二人して顔を見合わせると、安堵の溜め息をつきました。
 しかし、「花嫁が待っているぞ」という言葉に、慌ててドアへと駆け出します。

 廊下に出ると彼女がいました。急いで近づいて行きます。
 目の前まで来ます。美由さんは、ちょっと怒ったようにしてドレスのまま腕組みのポーズです、彼を見上げて云います。
「まったく、こんなときにまで、仕事の話ですか」
「ああ・・、ごめん」
 美由さんはこれまで見たことのないように、きれいでした。
「これからもずっとそうなんだろうね」
「・・そうかな」
「でも、それが和樹なんだよね」
「・・・」
 彼女の指先が、腕に絡みました。
「行こうか」有川くんが云います。美由さんは、うなずきました。
 扉が開きます。

◇ ◇ ◆

初夏の週末
連載47 ($Revision: 1.0 $)

◆ ◇ ◇

 又八郎さんが毛繕いをしているのを、誠司さんは咥え煙草で眺めます。どうやら近所の猫とやり合ったらしき傷が顔に残っています。それを目にして、タタさんに謝らなくちゃ、と思います。
 日曜の川縁りは、いろいろな人たちが行き交います。ジョギングの人、ツーリングの人、大きな犬をたくさん連れてひきずられるように歩く人。少し遠くに見えるグラウンドではサッカーの試合が行われています。
 誠司さんが次の煙草を取りだしたとき、又八郎さん、なにか目標を見付けたらしく、そちらへ駆け出しました。しばらく、それを目で追っていましたが、彼はずいぶん生い茂ってきている草の間へと、見えなくなってしまいます。
 草の上に腰を下ろして、人々を観察していると、PalmIII からお呼びがかかりました。「わかっているって」そう呟くと、胸ポケットからそれを出し、(解除)ボタンを爪で押しました。
「お待たせ」高原さんが隣に立っていました。誠司さんはそれにうなずくと、又八郎さんを呼びました。彼はくさむらから顔だけ出すと、分かったという風に一声啼き、また中へと消えてしまいました。
「また、ケンカしないといいんだけど」
「大丈夫、負けやしないよ」
「そうじゃなくて、傷だらけで返すわけに行かないでしょ」
「おとこの子だからなぁ」
「なによそれ」
 二人で駅へと歩き始めます。

「あつーい」
「まだ、梅雨前だってのに。蒸し暑いな、どうなってんだよ」
「どこか入ろうよ」
「まだ、イケショップ *1 に行くんだろう?」
「ええー、あそこまで行くの?」
「行くの」
 千夏くんと山科祐次くんは連れだって、秋葉原巡りです。しかし、まさかこれほど暑いとは思っていなかったみたいです。小柄な千夏くんと、大きな祐次くんが並んで狭い路地を進みます。ここもまた人ばかりです。途中でチラシを律義に受け取るのが祐次くん、女性の配るチラシだけを貰うのが千夏くん、です。
「c3 *2 どこかに置いてないのかなぁ」千夏くんが云いました。いつの間にかソフトクリームを手にしています。
「店頭には無いだろう」
「そうかな」ぺろりとまた、舐めます。
「おれの分は?」祐次くんが訊くと、
「え、欲しかったの?」そう云って、彼の方にソフトクリームを差し出します。
「・・いや、結構・・」

 携帯電話をしばらく見回していたのですが、特に魅かれるものもなかったので、移動しました。日射しが強いので、それを避けようとしますが、そんな陰になっているスペースはありそうもないです。お店に入るとクーラーで急に涼しくなるのですけど。
 マキさんは目的もなくあちこちのお店に入ってみます。ときどき腕時計を見ているので、待ち合わせをしているのかもしれません。
「あー」
 どこかで聞いたことのある声がしました。
「岡崎さん」振り向くと千夏くんが手を振っています。
「買物してるの?」
「いえ、特になにってわけじゃないんですけどね」祐次くんが答えます。
「ひとりで秋葉で買物かぁ」千夏くんが云います。
「なに?」「いやべつに」と云いながらちょっとだけ笑います。
「通り道だからちょっと降りてみただけだよ」
「なんか言い訳っぽいなぁ。通り道って駅が、でしょう?」
 どうもこの二人仲が悪いのでしょうか。
「それ、どこで売ってたの?」マキさんが訊きます。
「これ?知らないの秋葉に通ってるのに」「通ってないって」
 3人でもう一度ソフトクリーム屋さんを目指します。

 有川くんはノートPC でメールを読んでから、いつもの Web サイトを巡回すると、プロバイダから接続を切りました。いくつかの Palmware のドキュメントを見てから、インストールの用意をし、WorkPad を赤外線ポートへ向けます。Sync が始まりました。
「で、それで何台目だっけ?」いつの間にか、テーブルの向いに美由さんが座っています。
「3台目。おれにしては抑えてるでしょ」
「抑えてるってなによ」
 美由さんはそう云いながらも淹れたばかりの紅茶を彼の前に置きます。
「むかしのおれなら、さっさと PalmV 買ってるよぉ」Sync が終った音します。手に取ってなにやらいじり始めます。
「変ったっていうの?」「そうそう」もう散財はしませんよ、という意志表示らしいのですが。
 紅茶を一口含むと美由さん疑わし気な顔で、「いつまで続くかしらね」
 しかし、それが彼らしいところではあるのですが。
「前の Palm は、けっきょくどうしたの」
「修理に出した」
「じゃあ WorkPad 買うことなかったじゃない」ちょっといじわるを云ってみたくなります。
「でも、ほら、やっぱり仕事で使っているしさ、無いと不便なんだよね」
「それなら、私のを貸してあげたのに」
「・・・」彼は手にしている WPJ に集中している素振りです。美由さん思わずくすりと笑います。
「部屋は片付いた?」「うん、ぼちぼち」周りを見ると美由さんの部屋も段ボールがそこここに置いてあります。
「余計な基盤とかはちゃんと処分してきてよね」「はいはい」
 目は WorkPad に据えたまま、テーブルの上のカップを探って取り、口へと運びます。そして、ふと顔を上げて、
「タタさん、どうしているかなぁ」と云いました。

 仁くんは、自分の部屋ではなく居間でレポートを作成していました。ワープロのキーの音だけが響いています。
「ありゃりゃ」悲鳴を上げました。煙草の灰がキーボードの上に落ちてしまっています。思わず唸り声を上げます。キーを拭って、隙間に入ったものを息で吹き飛ばしました。
 そのとき、玄関の方でコトリと音がします。
 三奈月さんは今日、特に予定もなく、久し振りにお昼近くまで布団にいました。両親ともに出かけてしまっているらしく、たまに仁くんが廊下を歩いている音しかしません。彼女は今、部屋でコーヒーを飲みながら、本を読んでいます。
 パソコンの電源が入ったままです。本の章を読み終えるたびに椅子を PC の前に移動してメールをチェックしているみたいです。そのたびに溜め息をつくのはなぜでしょうか。
 それを何度も繰り返している三奈月さんですが、その本をぱたりと閉じました。すべて読んでしまったみたいです。もう一度、メールをチェックしてみます。何度目なのかは分かりません。
 来ていないみたいです。送られてくることが分からないものを待っているので、仕方ないのですが。タタさんからここ数日メールが来ていません。
 コーヒーを淹れ直そうと立ち上がりました。とたとた、と廊下を歩いてくる音がしました。
「はいこれ、来てたよ」
 部屋のドアを出たところで、仁くんがはがきを渡してくれました。三奈月さんはそれを受けとるとまた、部屋に戻ります。
 絵はがきです。宛て名を見ると、タタさんからでした。
「郵送なんて、(原始メールだ) なんて云ってたのに」
 そう云うと、そっと額にはがきを当てました。彼の姿が見えたような気がします。

◇ ◇ ◆


*1: 云わずと知れた Pilot の聖地。話題の PalmIIIx のβ版が公開中です。
*2: WorkPad の最新バージョン c3。日本語化された PalmV。その形にやはり魅かれますね。


連載46 ($Revision: 1.1 $)

◆ ◇ ◇

 もちろん、今年もお花見はありました。
 タタさんはこの時期 (せっぱ詰まるほどに) 忙しいということもなく、今年も無事、幹事を勤め終えることができました。いつもの場所でいつもの通りに盛り上がったのですけど、ただ一点だけ欠けていることがありました。

 お客様との打ち合わせを終えて、内容的にも前進したこともあって、とてもリラックスした気持ちになっていました。相手が大きな企業であったことも影響したことと思われます。そして、三奈月さんにこんなメールを出しました。

もしよろしければ、お花見しましょう。
お花は散ってしまっているでしょうが、
今なら、人はあまりいないと思います。

 三奈月さんもちょうど、お仕事に区切りがついたところでしたので、OK の返事を書きました。三奈月さんは今回のお花見に、仕事の都合で参加できなかったのです。タタさんはそれをとても残念に思っていた様です。むろん、三奈月さんはそのことで多少、ストレスが溜っていたみたいです。ふたりして、そそくさとオフィスを抜け出します。まあ、そのくらいは許してあげてください。

「もう、ずいぶん、散ってしまいましたね」
「ええ、でも、花びらが欠けてしまった桜も美しいですよ」
「そうですね、わたしどちらかと云えば、地面で舞っている桜の花びらの方が好きなんです」
「なるほど、そうかもしれませんね」

 どことなく時代がかったやりとりをしている、ふたりにつっこみを入れる人もいません。と思いましたが
「タタさん、アマイですよぅ、ふたりっきりでお花見なんて」いつの間にか高原さんがおなじベンチに座っていました。それから、あれよあれよといううちに人が増えて行きます。
「みなさん、欲求不満なんでしょうか?」と思えるほどに、盛り上がっていく情景に異常さを感じながら・・

「耳よりな情報なんだけど」「なに?」
「お花見してるんだって」
「もう桜なんて散っているんじゃないの」
「だね」「でもどういうわけか盛り上がっているみたいだよ」
「主催はあの田中さん・・」
「へえ」
「どうして誘ってくれないかなぁ」
「行ってみる?」「当然でしょう」
「でも、ぼくらなんて云っていいのかなぁ」
「須藤を連れていけば問題ないでしょ」
「どこ行ったんだよあいつ」「会社にはいると思うけど」
「携帯にかけてみようか」

 マキさんは仕事を終えエレベータに乗り込みました。
「おつかれさまです」
「あ、須藤くん、おつかれさまです」中には彼が一人で乗っていたのです。
「岡崎さんも、これから花見?一緒に行きましょうよ」
「は?、お花見はもう終ったよ。新人さんたちは出なかったの?」
 お花見の日、彼らは会社ではない他の場所で研修だったとのことです。エレベータを降りると、ホールに新人さんたちが揃っています。
「そんなこと、知らなかったけどなぁ、どこの部署がまとめてるの?」歩き出しながら訊きます。
「いえ・・太郎さんだと聞いてますけど」
「タタさん?」私を誘えない理由があるのかな、と考えます。
「まあ、とりあえず行ってみませんか?」ぞろぞろと皆さん歩きはじめます。

 さて、どこから調達してきたのか、ゴザがひかれて桜の花びらに埋もれて、これまた近くの酒屋さんから箱ごと買ってきたというビールとカップ酒が置かれます。
「焼き鳥部隊はまだ帰ってこないの?」
「おでん、到着しました!」
「氷だれか買ってきてくれない?」
 酒席らしくなってきましたが・・
「どうしてこういうことになったのでしょうか」
「もう少し歩道から離れていればよかったですね」
 花見のトリガーになったふたりが、隅の方で愚痴をこぼしてします。日本酒を差しつ差されつしながら。
「ま、いいじゃないの、二人きりになんていつでもなれるんだから」
 ふり返るとワインボトルを片手に、高原さんが立っていました。はい、差し入れ、とそれを渡されます。
「こんな通り道で飲んでたら、そりゃ寄ってくるでしょ」
「ううう、そうですね」
「いちゃつくんなら、せめて、人目の無いところに行かなきゃ」
「い、いちゃ・・」絶句する二人。
 また、新しい団体が参加してきます。
「あ、あの人たち、新人さんじゃないですか」三奈月さんが気付きました。
「いい機会ですね、彼ら前回の出られませんでしたから」見ているとキョロキョロと落着く場所をさがしているみたいです。タタさんが立ち上がって手を上げました。
「太郎さん」
「千夏くん、マキさんも」
「どうして呼んでくれないんですかぁ」彼たちに抗議されますが、困った顔をするしかないタタさんでした。
 タタさんを中心にまた、グループができあがっていきます。

「有川は?」
「さっき電話してみたら、もう家の近くみたいだった」
「運のないやつ」
「でも、これから戻って来るって」
「これ、手に入れましたよ『最強化パック *1』」
「あれ、まだ発売されてないはずですよね」
「ええ、ツテがありまして。すごい情報量ですよぉ」
「ここにもいたか、Pilot 使い・・」
「岡崎さんていくつなんですか」
「女性にトシなんて訊くもんじゃないよ」
「ええー?気にするほど上なんですかぁ、ショック」
「ちょっと、そこに正座しなさい」
「『タタさん』ていうのはやっぱり、苗字と名前からなんですか?」
「そういうこと、ぴったりでしょ」
「ちなみに私、『ミミ』ですよ、」
「鶴川さん、いつからいらしたんですか」
「タタさん、ちゃんと連絡してくれなきゃ」
「もう、いいですよ、そういうことは・・」
「誠司さん、元気なんですか?」
「元気元気、呼ぼうか?」

 空き缶、空ビン、が目立つころになって、タタさんが立ち上がって云いました。
「では、とりあえず、お開きにしましょう。次に行く方はそれぞれでお願いします。一本締めしますか」
 それを見ていた三奈月さん、
「けっきょく、タタさん、しきってるし」とこぼします。
 皆さんの手を打つ音が辺りに響いたときに、
「どうも遅れましたぁ」
 有川くんです。しばし、静寂が訪れました。
「やっぱり有川さんて、そうなんだ」
 という千夏くんの言葉にて幕です。

◇ ◇ ◆


*1: Muchyさんによる『WorkPad+Palm シリーズ 最強化パック』が出版されています。アスキーからです。「日常」の4章までを収録していただいております。

機上の問題
連載45 ($Revision: 1.0 $)

◆ ◇ ◇

おつかれさまです、安堂です。
長くなりますので、仕事が終ってから読んでください。

日本語 WorkPad *1 にはとても心魅かれているのですが、こちらに取り寄せるという気にはなれないでいます。
こちらの人に日本語環境を見せると感動してくれるのですよね。有川は買ったらしいですが、どんな感じですか。最後の散財でしょうか。思うに、PalmV が手に入らなかったのですね (^^;)

さて、タタさんにご相談したいことがあってこのメールを書いています。本題に入ります。

先日、こちらに戻ってくるときのことです。私と一緒に畑中さんという方とご一緒しました。仕事のことで関わりがあるとはいえ、一緒の機にすることもなかったのでしょうが、チケットを取る関係でそうなったみたいです。
誠司さんと同じプロジェクトで仕事をしたことがあるとのことでしたので、その辺りの話から聞いていると。あの二人が一緒になってから間もなく、畑中さんも結婚されたということでした。もしかしたらタタさんもよく知っているのかもしれませんが。
畑中さんの印象としては、きれいというよりも可愛いという感じで、あまり年上という気がしなかったのですが、聞けばタタさんたちよりも上みたいです。その人が私と同じ年齢の人と一緒になったというのには不思議な感じがしました。誠司さん、高原さん、タタさんの代の人から見ると先輩と後輩が、ということになるようです。

まだ本題に行ってないです。すみません。
その畑中さん (混乱しないために、女性を畑中さん、男性を畑中氏とします) と話してしていたら、有川たちのことになって、その時に畑中さんたちの結婚したころのことを聞けたのです。

「もうお互いにつき合っている、という気持ちになっていたのだけれど」
「けれど、なんです?」
「あるときから、彼の様子に変なところが見え始めたの」
という会話から、
「なにがおかしかったんですか?」
「どうも、私を避けているらしくて」

会話をうまく表現できそうもないので、内容を言います。あるときを境として、畑中氏は彼女に対して冷たい態度をとるようになったみたいなのです。

(1) 昼食を一緒にしなくなった

それまで、お昼は畑中さんも含めたグループの人たちと一緒に食べていたのですが、その、ある時点からまったく食堂での食事をしなくなってしまったとのこと。どこか外へ一人で食べに出るようになったみたいです。

(2) アルコールを口にしなくなった

畑中氏、相当お酒が好きだったらしいのですけど、そのころから畑中さんが誘ってもそういう席には顔を出さなくなってしまったみたいです。

(3) 夜に家に居ない

たまに、畑中さんは彼の家に電話をしていたらしいですが、なかなか捕まえることができなかったとのことです。当時はまだ、携帯電話が普及していなかったのですし。
私なんかよくあるのですけど、電話線をモデムに繋いでいて、鳴っていなかったのでは? と云うと「彼は当時家にコンピュータなんて無かった」とのことです。それも相当、大きい音のする電話器らしかったので、気付かないってことはないはずと言います。

(4) 行きつけのお店に行かなくなった。

会社の近くにあるお気に入りだったところに行かなくなったとのこと、アルコールのことと関係しているかもしれないです。

明らかに、ある日を境としてこうなってしまったために、畑中さんが思ったのは「ほかに好きな女性ができたんだな」ということ。聞いていると、彼女、自分を「すごく、可愛くない女」と思っているらしくて、他の人ができたんならしょうがない、と考えていたみたいです。
それで、もう半分諦めていたみたいです、彼のことは。畑中さんの方から「どうしたの最近?」とは聞けなかったみたいです。

どうして、こんなことをずらずらと書いてきたかというと、そうしてしばらくしてから、彼からプロポーズがあったそうなのです。畑中さんとしてはもう彼とは終った、と思ったころにです。それがどうしてなのか? と彼女から訊かれました。
どうして畑中氏は彼女を避けるようにしていたのか、それには理由があったみたいなのです。

次に会うときまでに答えを考えておくように、と宿題にされてしまいました。彼女、ミステリファンらしいです。おんなじ謎を他の人にも出題したことがあるみたいな口振りでしたから・・ 二回までは間違えを許してくれるとのことですし。しかし、なんか情報が少ないですよね。わざと隠していることがあるみたいで。
それで、夏のバーベキュー大会で明解な推理を披露してくれたタタさんなら、この謎を解いてくれるのではないか、とメールさせていただいた次第です。

「指輪のための資金調達とか?」その場で最初に思いついたことを云ってみたのですが、違うとのことでした。

では、キャサリンが待っていますのでこのへんで。

◇ ◇

田中です、
ははは、キャサリンによろしく。

有川くん WorkPad に SH-keys *2 を差して Com-JIM2 *3 を入れて使っています。やっぱりもうすぐお金が自由に使えなくなるという危機感があるみたいです・・ そんなことはないと思うのですけどねぇ。

畑中さん、お話したことはありますが、それほど知っているわけではありません。旦那さんは、今はこちらの本社にはいらっしゃらないようで、会うことはできませんでした。その代わり、高原さんから有力な情報を入手できましたよ。
まず、

その1「結婚式のときに畑中氏は雰囲気が変わっていた」

高原さん曰く、恰好よくなっているみたいな気がしたとのことです。

その2「畑中さんの言動」

畑中さんは「自己管理ができない男性は好きになれない」と名言していたとのことです。それは畑中氏の耳にも入っていただろうということ。

その3「とんかつ、てんぶら定食をやめていたらしい」

「行きつけのお店」というのは、会社のすぐそばにあるとんかつ屋さんのことではないでしょうか。ちょっとあてずっぽうなのですけど。どういう種類のお店なのかを云ってないのが怪しいじゃないですか。
これはとある人からの情報なのですが、そのころ「てんぷら」も避けていたフシがあるのです。

安堂くんはもうすでに分かっているのに、私にメールしてきた気がするのですけど。まあ、調査報告としてお話します。
ポイントはやはり、畑中さんが挙げている点です。私も思うに、確かに彼女は他の人にもこの問題を解かせようとしていた印象を受けますね。そうしていずれも見合った回答を得られなかったのでしょう。「2回は間違えても良い」ですしね。

さて、私なりの回答です。
まず、「昼食を一緒にしなくなった」ということ、当時、彼も当然独身ですから、食生活で唯一、自由にならないのが昼食であったのだと思います。つき合いで食堂に行っているのでしたら。とくに食堂というのは、こってりとしたものが多いですから。
「アルコールを口にしなくなった」というのは、やはり、単純に彼が目指すものと差異があったからでしょう。
「夜に家に居ない」という点。これはあれでしょう。彼なりに努力していたせいだと思いますよ。
「とんかつが嫌いになった」 嫌いではないのです。でも避けなければならなかった。なぜでしょう?もちろん、彼にとってより大きな目標のためです。てんぷらもまた然り。

結論は単純なんだと思えます。畑中氏は、彼女のために彼女に見合った人になりたかった、それだけでしょう。食事を制限して、アルコールも控える、体脂肪を減らすために夜中にジョギンクなりウォーキングなりをしていたということです。彼としては「自己管理のできない」男性は彼女にプロポーズする資格はないと思いこんでしまったんでしょうね。それで一生懸命 (恰好いい) 男になるまで努力と忍耐を持続させた、ということでしょうか。
実際は、畑中さんはそんなことを思ってはなかったでしょうけどね。というか思いもしなかったでしょう。

高原さんが、HD の奥の方からこの画像を発掘してくれました。彼らの結婚当時の画像です (^^)
これを見ればその謎はすっきりと解けると思います。

では、
結論は、またきちんと教えてくださいね。

◇ ◇ ◆


*1: IBM の日本語版 WorkPad。評判は上々です
*2: てのひらサイズのキーボードです。富士通高見澤コンポーネント株式会社 作成。
*3: 神様こと山田さんが作成された、キー入力ソフトウェアです。吊り皮につかまったまま入力ができるというコンセプトのものです。

月の裏で会いましょう
連載44 ($Revision: 1.2 $)

◆ ◇ ◇

 あたまの中は、まだ、ぼぅ としているのですが、いつもの様にパソコンのスイッチを入れると立ち上がるまでの時間の合い間に洗面台の前で顔を洗います。歯も磨いて戻ってくると、もちろんパソコンは起動済みでした。ほとんど、無意識的に インターネット接続して、PiloWeb *1 を使い、主要サイトの今日の情報を読みこみます。
 Sync ボタンを押して、ダイアログが開くのを確認すると、着替えに移動しました。PalmV *2 が (デスクトップの壁紙) になっているのが暗示的です・・
 PiloWeb のおかげで、最近は朝のインターネット巡回の手間がなくなりました。有川くん、電車で PalmIII を取り出すと MeDoc *3 を使って先ほど転送しておいた Web サイトの情報を読みます。時間をかけてそれに目を通すと、今度は同じく読みこんでおいた、メールを開きます。
 いくつかの ML 、大学時代の先輩からのもの。そして、安堂くんから久しぶりにメールがありました。その内容を読み進むうちに、有川くんは重大な内容が含まれているのに気付きます。
「本当なの?」
 思わずつぶやきました。隣に座っていた見知らぬお父さんが、変な顔をして彼を見ます。

 前の日、時差を考えれば数時間前のことです。
 海の向うの安堂くんは、そちらの支部の偉い方に声をかけられました「田中さんて、どんな人か知ってる?」英語だったので、ニュアンスは違うのかもしれませんが、安堂くんはタタさんの為人(ひととなり)を訊かれたのです。
 タタさんとつき合うようになってまだ、それほど時間は経っていませんが、もちろん、彼に対しては良い印象を持っていましたので、それを卒直に伝えました。
 ごくたまにですがメールのやりとりもしています。最近もちょっとした、楽しいやりとりをしたのでした。
「どうしてですか?」それくらいは許されるだろうと、話の終りに訊いてみました。すると・・

「さあ、おひるだよ」
 いつの間にか背後に立っていた高原さん、三奈月さんの肩を揉みはじめます。それに意味はないと思うのですけど。
「すみません、私、今電話を待っているので先に行っていてください」
「そお。じゃあ行ってるね。タタさんはどうしたんだろ」
 ふたりで彼の机を見ますが、そこに彼はいません。タタさんだったら、新人研修の打ち合わせって云ってましたよ。マキさんからそう云われました。高原さん、マキさん、有川くんの3人だけで食堂へと向います。
 残された三奈月さんは、電話機を睨みつけます。それに臆することもなく、電話は鳴りません。しかたなく、また、キーボードを打ち始めました。

「高原さん、タタさんがアメリカに行く、て話聞いてます?」
「うん、なんとなくはね」
「ええ?そうなんですかぁ」マキさんは初耳の様です。
 珍しく気が合って、今日は揃ってスペシャルランチです。それを口にしてから、味付けについてそれぞれで文句を云い合うと、少し話しの間が空きました。そこで有川くんが思い出したように云ったのです。
「安堂のメールではもう決定していることみたいな印象だったけど、どうなんですか?」
「決まってないと思うよ、タタさんに打診はしているらしいけど」
 マキさんはあからさまに淋しそうな顔をすると、
「三奈月さんは知っているんですか?」と訊きました。
「たぶん、知らないと思う」高原さんはちょっとだけ考えてから云います。
「タタさんが云ってなければね」
「タタさんは了解しているんでしょうか?」
「どうかな。まだ、そんなに深い話になっていないと思うけど」
 有川くんおもむろにポケットから、PalmIII を取り出します。もう一度安堂くんからのメールを見ます。
「タタさんいなくなっちゃたら、大変だな・・」
 そう云ったときに、有川くんは前に座っている二人に緊張が走っているのに気付きました。どうしたんですか? と訊こうとした瞬間、
「なんの話ですか」
 三奈月さんです。いつの間にか彼の背後に来ていた様。
「いや、あの、タタさんどうてるのかなって」高原さんが慌てて云います。
「昼食、ちゃんと、とったんですかね」マキさんも合わせます・・
「そうそう、あの人(ひょろ)っとしてて、けっこう食べるからさ・・」有川くんは脈絡のないことを云いました。

 午後のコーヒーを淹れるために、三奈月さんは給湯室にいます。
 じつは、(タタさんがいなくなる) という言葉は、しっかりと彼女に聞こえていたのでした。コーヒーのサーバに水が溜ります。それらを洗って水を入れて、またメーカーにセットしないといけないのですが、溜って、溢れていく水をじっと見つめます。
 なんとなく噂で知ったことなのですけど、どうやら、現実的な問題らしいです。皆さんの前ではなるべく普通にふるまっているつもりの三奈月さんですが、ひとりになると、ついそのことを考えてしまいます。
「やっぱり聞こえてた?」高原さんが入り口に立っていました。三奈月さん、うなずきます。有川のアホが・・、高原さんそう云いかけますが。
「いえ、もっと前から知っていました。同期の子に聞いたんですけど」
 今まで、そんな素振りをまったく見せなかった三奈月さんに、高原さん思わず胸がしめつけらます。
「週末、会ってたんでしょ、タタさんはなにか云ってた?」
 三奈月さんは首を振ります。
 高原さんは知っていること、聞いたことのすべてを彼女に伝えて、そして云いました。
「彼がどう思っているのか聞いてみるのがいいよ」
 彼女は、またうなずきました。そして云います。
「なんか莫迦みたいですよね、私。そんな噂だけで、おろおろしちゃって」そうして、すごく切なげな顔をします。高原さんはそんな彼女の腕に、自分の腕を絡めると「大丈夫」
「あんたを置いて、アメリカに行くなんて云ったら、あたしがぶん殴ってやるんだから」

 やっと会議から解放されたのは、夜9時ちかくになってからでした。脱力して戻ってくると、むろんのこと人はまばらです。タタさん「そりゃあ、そうですね」と珍らしく、ひとり愚痴をこぼしながら自分の机に向います。そこで、まだ机に向っている高原さんに声をかけます。
「遅いですね。忙しいんですか」
「遅いのはタタさんだよ、まったく」そう云うと彼のデスクの方を指さします。見ると、彼のディスプレイにメモが貼ってありました。
 それを見て。どたばたと仕度をすると、タタさんは慌ててオフィスを駆け出して行きます。

 「イングルサイド」で待っています。
                     三奈月

 (イングルサイド) というのはふたりの最近の行きつけのお店のようです。
 メモは残しっぱなしでした。タタさんやはり相当急いで出ていったみたいです。その証拠に Pilot が cradle に乗せっぱなしで、忘れられています。
 高原さん、メモをディスプレイから剥すと、くしゃ と丸めました。
「まったく、かわいいふたりだよ」そう云うと、席に戻って、またキーを叩きはじめました。

◇ ◇ ◆


*1: Web サイトの情報を、ダウンロードして Pilot Doc のフォーマットに変換、HotSync 転送の準備までしてくれる、Windows ソフトウェアです。日々の Palm 情報の巡回にとても重宝します。CHEEBOW こと、関根さん作成。
*2: ついにリリースされた、PalmV です。時を同じくして日本語版 WorkPad もリリースされ、「Palm 使い」を悩ましい気持ちにさせています。
*3: おなじみ、Doc アプリケーション。さらなる、進化を続けている MeDoc です。日本語 WorkPad にも対応されたそうです。

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