初夏の週末
連載47 ($Revision: 1.0 $)
◆ ◇ ◇
又八郎さんが毛繕いをしているのを、誠司さんは咥え煙草で眺めます。どうやら近所の猫とやり合ったらしき傷が顔に残っています。それを目にして、タタさんに謝らなくちゃ、と思います。
日曜の川縁りは、いろいろな人たちが行き交います。ジョギングの人、ツーリングの人、大きな犬をたくさん連れてひきずられるように歩く人。少し遠くに見えるグラウンドではサッカーの試合が行われています。
誠司さんが次の煙草を取りだしたとき、又八郎さん、なにか目標を見付けたらしく、そちらへ駆け出しました。しばらく、それを目で追っていましたが、彼はずいぶん生い茂ってきている草の間へと、見えなくなってしまいます。
草の上に腰を下ろして、人々を観察していると、PalmIII からお呼びがかかりました。「わかっているって」そう呟くと、胸ポケットからそれを出し、(解除)ボタンを爪で押しました。
「お待たせ」高原さんが隣に立っていました。誠司さんはそれにうなずくと、又八郎さんを呼びました。彼はくさむらから顔だけ出すと、分かったという風に一声啼き、また中へと消えてしまいました。
「また、ケンカしないといいんだけど」
「大丈夫、負けやしないよ」
「そうじゃなくて、傷だらけで返すわけに行かないでしょ」
「おとこの子だからなぁ」
「なによそれ」
二人で駅へと歩き始めます。
「あつーい」
「まだ、梅雨前だってのに。蒸し暑いな、どうなってんだよ」
「どこか入ろうよ」
「まだ、イケショップ *1 に行くんだろう?」
「ええー、あそこまで行くの?」
「行くの」
千夏くんと山科祐次くんは連れだって、秋葉原巡りです。しかし、まさかこれほど暑いとは思っていなかったみたいです。小柄な千夏くんと、大きな祐次くんが並んで狭い路地を進みます。ここもまた人ばかりです。途中でチラシを律義に受け取るのが祐次くん、女性の配るチラシだけを貰うのが千夏くん、です。
「c3 *2 どこかに置いてないのかなぁ」千夏くんが云いました。いつの間にかソフトクリームを手にしています。
「店頭には無いだろう」
「そうかな」ぺろりとまた、舐めます。
「おれの分は?」祐次くんが訊くと、
「え、欲しかったの?」そう云って、彼の方にソフトクリームを差し出します。
「・・いや、結構・・」
携帯電話をしばらく見回していたのですが、特に魅かれるものもなかったので、移動しました。日射しが強いので、それを避けようとしますが、そんな陰になっているスペースはありそうもないです。お店に入るとクーラーで急に涼しくなるのですけど。
マキさんは目的もなくあちこちのお店に入ってみます。ときどき腕時計を見ているので、待ち合わせをしているのかもしれません。
「あー」
どこかで聞いたことのある声がしました。
「岡崎さん」振り向くと千夏くんが手を振っています。
「買物してるの?」
「いえ、特になにってわけじゃないんですけどね」祐次くんが答えます。
「ひとりで秋葉で買物かぁ」千夏くんが云います。
「なに?」「いやべつに」と云いながらちょっとだけ笑います。
「通り道だからちょっと降りてみただけだよ」
「なんか言い訳っぽいなぁ。通り道って駅が、でしょう?」
どうもこの二人仲が悪いのでしょうか。
「それ、どこで売ってたの?」マキさんが訊きます。
「これ?知らないの秋葉に通ってるのに」「通ってないって」
3人でもう一度ソフトクリーム屋さんを目指します。
有川くんはノートPC でメールを読んでから、いつもの Web サイトを巡回すると、プロバイダから接続を切りました。いくつかの Palmware のドキュメントを見てから、インストールの用意をし、WorkPad を赤外線ポートへ向けます。Sync が始まりました。
「で、それで何台目だっけ?」いつの間にか、テーブルの向いに美由さんが座っています。
「3台目。おれにしては抑えてるでしょ」
「抑えてるってなによ」
美由さんはそう云いながらも淹れたばかりの紅茶を彼の前に置きます。
「むかしのおれなら、さっさと PalmV 買ってるよぉ」Sync が終った音します。手に取ってなにやらいじり始めます。
「変ったっていうの?」「そうそう」もう散財はしませんよ、という意志表示らしいのですが。
紅茶を一口含むと美由さん疑わし気な顔で、「いつまで続くかしらね」
しかし、それが彼らしいところではあるのですが。
「前の Palm は、けっきょくどうしたの」
「修理に出した」
「じゃあ WorkPad 買うことなかったじゃない」ちょっといじわるを云ってみたくなります。
「でも、ほら、やっぱり仕事で使っているしさ、無いと不便なんだよね」
「それなら、私のを貸してあげたのに」
「・・・」彼は手にしている WPJ に集中している素振りです。美由さん思わずくすりと笑います。
「部屋は片付いた?」「うん、ぼちぼち」周りを見ると美由さんの部屋も段ボールがそこここに置いてあります。
「余計な基盤とかはちゃんと処分してきてよね」「はいはい」
目は WorkPad に据えたまま、テーブルの上のカップを探って取り、口へと運びます。そして、ふと顔を上げて、
「タタさん、どうしているかなぁ」と云いました。
仁くんは、自分の部屋ではなく居間でレポートを作成していました。ワープロのキーの音だけが響いています。
「ありゃりゃ」悲鳴を上げました。煙草の灰がキーボードの上に落ちてしまっています。思わず唸り声を上げます。キーを拭って、隙間に入ったものを息で吹き飛ばしました。
そのとき、玄関の方でコトリと音がします。
三奈月さんは今日、特に予定もなく、久し振りにお昼近くまで布団にいました。両親ともに出かけてしまっているらしく、たまに仁くんが廊下を歩いている音しかしません。彼女は今、部屋でコーヒーを飲みながら、本を読んでいます。
パソコンの電源が入ったままです。本の章を読み終えるたびに椅子を PC の前に移動してメールをチェックしているみたいです。そのたびに溜め息をつくのはなぜでしょうか。
それを何度も繰り返している三奈月さんですが、その本をぱたりと閉じました。すべて読んでしまったみたいです。もう一度、メールをチェックしてみます。何度目なのかは分かりません。
来ていないみたいです。送られてくることが分からないものを待っているので、仕方ないのですが。タタさんからここ数日メールが来ていません。
コーヒーを淹れ直そうと立ち上がりました。とたとた、と廊下を歩いてくる音がしました。
「はいこれ、来てたよ」
部屋のドアを出たところで、仁くんがはがきを渡してくれました。三奈月さんはそれを受けとるとまた、部屋に戻ります。
絵はがきです。宛て名を見ると、タタさんからでした。
「郵送なんて、(原始メールだ) なんて云ってたのに」
そう云うと、そっと額にはがきを当てました。彼の姿が見えたような気がします。
◇ ◇ ◆
註
*1: 云わずと知れた Pilot の聖地。話題の PalmIIIx のβ版が公開中です。
*2: WorkPad の最新バージョン c3。日本語化された PalmV。その形にやはり魅かれますね。

