サンタの帽子
連載41 ($Revision: 1.1 $)
◆ ◇ ◇
「あ、サンタだ」
「ほんと、サンタだ。プレゼントちょうだい」
「プレゼントー」
「なんだよ、袋持ってないじゃん」
「つまんないの」
両袖を子供たちにつかまれ、髭もひっぱられて取れそうです。すいません、すいません、と謝ります。しばらくしてから解放されましたが、服装もメイクも乱れてしまっていました。ショーウィンドウに自分を写して直そうとしますが、眼鏡をかけていないのできちんと元に戻ったのかが分かりません。
それでも気を取りなおして、再度プラカードを持ち直します。そんなときに、また別の子供たちの攻勢に合うのでした。
この時節になるといつも思い出すことです。当時、学生だったタタさんは一度だけサンタクロースの恰好をするアルバイトについたことがあります。その内容はと云えば、ただお店のプラカードを持って立っている、というだけのものだったのですが。
そのことをよく覚えていることには幾つか訳があります。子供たちに囲まれて大変だった、というのもそのひとつなのですけど。
タタさんのサンタクロースというのは、やたら背が高くて目立ったのですが、その実、服のサイズが合っていなくて、袖も足も短かくて滑稽に見えたのでした。きちんと合っていたのは帽子くらい。結局、その年の12月中はそのバイトをしていましたから、最後の方ではその衣裳は相当傷んでしまっていました。元々くたびれていたのですが、無理に袖を通したのでなおさらだったみたいです。
クリスマスが終って、彼がいくばくかのお金を貰って部屋に帰ったときに気付きました。
衣裳の帽子だけが、持っていたスポーツバッグの中に紛れて入っていた様です。次の日にお店に電話をかけたのですが、あの衣裳自体をもう捨ててしまったのでもう要らないとのことでした。
それで、タタさんの元にはその行き場の無くなってしまった、帽子だけが残ったのです。
三奈月さんは「サンタクロースを信じている」という期間が全くありませんでした。
というのは、まだサンタの存在自体を理解する前に、それを目撃してしまったからです。今だにその場面だけ思い出せるのですが、お父さんがサンタの帽子だけをかぶってプレゼントを抱え、彼女の枕元にやってきます。そして、満足そうに彼女の顔を覗きこむと、その包みを置いて部屋を出て行きました。
三奈月さんはその全てを見ていたという記憶があるのです。しかし、どうもそれは記憶というより、後で形成され、(作られた)記憶という感じがあります。物心がついたころから、そのことで散々騒いでいたと聞かされましたから。
だから、三奈月さんの当時のサンタクロース体験はそこでストップしてしまっています。
もちろん、今では、お父さんが彼女の(たった一人のサンタクロース)だった、と思い起すことができるのです。
「サンタさんて、お父さんだよ」
という言葉はそのまま、真実だったわけです。
ですから三奈月さん、この季節に思い出すのは、寝室に入って来る、「赤い帽子をかぶったお父さん」なのです。
今年のクリスマス・イブは、高原さんと美由さんなど、女性陣の主催でパーティーが開かれることとなりました。イブに集まりがあるということは初めてです。
イブと云えば大切な人とふたりだけで・・という人たちは放っておいて、みんなで盛り上がってしまおう、という主旨です。会社の女性が中心になったということで、たくさんの人が集いました。
鶴川さんファミリーをはじめ、あちこちにお子さんたちの姿もあります。
当然ながら、いつものメンバーが揃っています。
「タタさんはまだケリがつかないの?」誠司さんが訊きます。
「さっき、電話したのだけど、もうちょっとしたら、出るって云ってたよ」と高原さん。
「ここに来て、まだ忙しいんですかぁ」これはマキさん。
高原さんは、ワイングラスを片手に答えます。「だからさ、年末っていうのは『なんとか年内に終らせてくれ』ていうお客さんが多いのさ。けっきょく、その年末にっていうことに意味はないんだけど」
そういうものなんだ、とマキさんはなんとなく納得します。
「ほら、この Home *1 ってまるで、あの MagicCap を彷彿とさせるじゃない。これに、LaunchMenu *2 を組み合わせると、もー完璧」久しぶりに会った同期の男の子たちに PalmIII を見せてそう説明している有川くんでした。
「成長のないやつぅ」とは誰の言葉か・・
「タタさん来ませんね」
「うん」三奈月さんは元気がありません。
「元気出してくださいよぉ。もうこちらに向っているらしいですから」そう云って、マキさん彼女のグラスに注ぎます。
「うん・・」
「あ、サンタだ」
入り口にみなさんの視線があつまります。
やけに背の高いサンタクロースが、そこにはいました。
「では、締めのお言葉をサンタさんにお願いします」高原さんが、そのサンタクロースにマイクを向けます。
『世界のみなさんに幸福を』
そうスピーカーから流れます。
「空々しい言葉だけど」
「うん、タタさんが云うと真実味があるよな」
三奈月さんはすぐに分かりました。その、窮屈そうな服に妙に身を縮めている様と、そのよく通った声で。どこから調達したのか、タタさんはその真っ赤な衣裳を身に纏っていました。
時間が過ぎていましたので、タタさんが来たというのに、その場はお開きになってしまいました。
「どこで着替えたんですか?て云うより、どこから持ってきたの?」
「すぐそこで見付けたんです。サンドウィッチマンのサンタさんを、それで、ちょっと交渉したんです」
「よくやるよぉ、タタさん」
「もう少し、芝居っ気があればねぇ」
「しかしあの『世界のみなさんに』ってのもなんだねぇ」
「でも、タタさんはマジで云っているっぽいからなぁ」
散会して、お店を出ました。そこでしばらく、たむろしていた人たちもそれぞれに散っていきます。
「タタさん、それ返さなくっていいんですか?」ふたりになった三奈月さんが、タタさんに云います。
「ああ、これは」いいんです、私のものですから。タタさん、自分がまだかぶっている赤い帽子を差して云います。
「どうしてそんなの持っているんです?」当然の疑問を投げます。タタさんがそれに答えようとしたときに・・
「タタさん来たばっかりなんだから、つき合ってくださいよ」遠くの方で声がします。
「はあい」それに応えます。
「三奈月さんはどうします?」
「いえ、私は明日早いので」仕方が無く、断ってしまいます。明日の朝は客先に直行なのでした。
三奈月さんは、行ってしまいそうに見えるタタさんを見、慌ててバックに手を入れます。
「ほらぁ、タタさん行きますよぉ」いつの間にか、有川くんがそばにいて彼の腕をつかんでいました。ずるずるとひきずられていきます。
「じゃあ、三奈月さん、また明日」そう云うとタタさん、かぶっていたサンタの帽子を取って三奈月さんに渡しました。
「え?これ」
「プレゼントです」
人ごみにタタさんの姿が消えていってしまいました。
渡しそびれちゃったな、三奈月さんは心の中で呟きました。用意していた彼へのクリスマスプレゼントはいつ手を離れるのでしょうか。
翌朝の打合せを恨みながら、その帽子を胸に抱えて駅へと向って歩き始めました。
しばらく歩いてから、気がつきました。タタさんからもらった帽子の中に何か入っているみたいです。立ち止まって、それを探ってみます。
帽子の中から、赤い包装紙と、緑色のリボンで包まれた箱がころりと出てきました。三奈月さんは思わずにっこりとしてしまいます。
◇ ◇ ◆
註
*1: 福本さんが作られた、DeskTop 環境ツール。柔軟なカスタマイズによって、様々な環境を構築することができる。
*2: 階層型メニューローンチャ。まさにメニュー型の起動ツール、もちろん DA も起動ができる。Endo さん作成。

