クラッカー
連載35(Ver1.0)
◆ ◇ ◇
田中太郎さん。タタさんを形容すると・・
まず、その背の高さが飛び抜けています。すらりとした、と云うよりもひょろりとした印象。そのてっぺんにいつもにこやかな、優しそうな顔が乗っています。
トレードマークとなっている、丸眼鏡は、プライベートには黄色のサングラスになっているのを何度か見ています。
「おひさまのような」三奈月さんやマキさんが贔屓目に見れば、そう云える容貌も、今は少し翳っている模様。
高原さんとタタさんは客先から、社に戻る途中、昼食にレストランへ入ったのでした。一緒だった鶴川さんはとても忙しいらしく、一足お先に帰って行ってしまいました。久しぶりにタタさんと二人、向い合って食事をしていたのですが、
「どうしたの」
「なにがです?」
「なにか、気になることでもあるの?」
そう見えますか、と云うとタタさん少し肩を落します。彼にしては珍しい仕草です。いえ、タタさんのそんな素振りを見たことはこれまでにありません。
「仕事のこと?」じゃないよね、と勝手に解釈します。とするとやはり・・
「三奈月さん、最近悩みごととかあるのでしょうか?」
やっぱりそう来たか・・高原さん、少し眩暈を覚えながら。
「さあ、タタさんに心当たりは?」
「え?いえ、まったく分かりません」
だろうねぇ、この朴念仁が! 心の中で毒づきます。
仕事でなにかつまづいているんでしょうか。と考えこんでいる彼に、三奈月さんの落ちこみの理由を訊ねてみます。
「そうそう、タタさん。近所で女の人と並んで歩いてなかった?」
「はい、今、姉が家に来てます」なんでも、お姉さんが出張でこちらに来ているとのことです。まあ、そんなところであろうと思っていた高原さんは、三奈月さんにすぐ伝えるべきかどうか思案します。
タタさんの携帯電話が鳴りました。鶴川さんからで、すぐに会社に戻ってきて欲しいとのことでした。
「これ、どうして、Pilot のアプリのアイコンが表示されているのですか」
「PPDE *1 てのがあってさ、Windows 上で、Pilot ware のアイコンが表示できるの。インストールも簡単にできるようになるよ」マキさんの問いに有川くんが答えます。
彼女はディスプレイを覗き込みながら、しきりに感心しています。有川くんは毎度のようになぜかとても偉そうに、説明をしています。
三奈月さんそんな二人を横目で見ながら、戻って来て早々に部屋を出て行ってしまったタタさんが気になります。鶴川さんと深刻そうな顔をしていました。
(なにか、あったのかな?)
あれこれ考えてみますが、まったく分かりません。気にはなりますが、帰ってくる気配はありません。とっくに昼休みも終っていましたので、今取りかかっているプログラミングに向います。
タタさんたちがオフィスに帰ってきてから淹れたコーヒーもいい加減煮たってしまっているでしょう。三奈月さん電源を切るために、一度給湯室に立ちました。それから間もなくして、彼がひとりで戻ってきました。
「すみませんけど、会議室に集まってもらえますか」帰ってくるなり、彼はそう云います。私もですか? 新人であるマキさんが場に違和感を覚えたのかそう訊きます。
グループのメンバーが、部屋に揃います。鶴川さんはまだこちらに戻ってはいないみたいです。
「ハッカーですか?」一通り話が終って、有川くんが云います。
「クラッカーですかね、どちらかと云うと」
「いや、明かにクラッカー。クラッシャー、だな」この場に呼び出されたらしい、安堂くんが云います。
会社の本体が運営している、外向けの Webサーバに侵入者があったということです。その件でタタさんと鶴川さんが呼び出されたのでした。そして、タタさんに「なんとか、侵入者をつきとめて、二度とそんなことが無いように」して欲しという、依頼と云えば聞こえはいいですが、有川くんたちから見れば、命令でした。
「でも、そういうのって、研究所の連中が得意そうじゃないですか。向きですよ」暇なのだし、とでも云いたげです。
「それはあれだろう?うちの副社長と、あそこの所長は仲が悪いからさ、うちに来たものをあちらには回せないよ」妙にその辺りに詳しい安堂くんが答えます。
「本当に申しわけないけど、協力してもらいたいのです」タタさんが云います。
「要するに社内で、その辺りをサポートできるのが、ウチの部くらいだってんで、オハチが回ってきたんでしょう?」
高原さんの云い分に肩をすくめるタタさんです。
「でも、セキュリティが破られたのなら、防御作を講じればいいですよね。どうして、犯人の追及に拘るのですか?」とマキさん。
「すみませんけど、そこはちょっと複雑な事情があるらしいのです。その複雑な部分は私が全部引き受けますから」
どうにも、気乗りしないなら外れてください。卒直にタタさんは云います。皆さん、少し考え込むようにしますけど、結局はそれに加わることになります。
「タタさんに頼まれたら、断れない」という有川くんの答えは、皆さんの答えでもありました。
侵入者が再度、マシンに忍び込むのを待ち構えて、その動きの全てのデータを揃えることにします。とりあえず、3日間の猶予が与えられました。それだけ待って、もう一度入ってこないようであれば、追及は諦めてセキュリティを一挙に上位のランクへと上げてしまいます。
「応接室と会議室をひとつずつ押さえてありますから、この間のミーティングはそこでします。多分、泊りこむことになると思いますので、仮眠室も確保しました。あと、マシンルームへのフリーパス。シャワールームの24時間使用も OK です」
呼び出しにあった、たった数十分でその全て交渉を済ませたらしいタタさんは続けます。
「ガイドラインはなんとなく見えてますので、内容と担当とを割り振りますね」
各々の担当が決まり、それぞれで、用意を整えることになります。また2時間後に打ち合わせることとなりました。
「高原さん、」
全てのログの吐き出し、トレースを行う暫定監視マシンのセットアップを任された彼女は、会議室を出て行こうとしたところで、タタさんに呼び止められます。
「誠司さんを呼べるでしょうか」彼は云います。
「たぶん、今はそんなに忙しくないって云ってたから・・」
「お願いします」タタさん、頭を下げます。
「いいって、いいって、こういうの好きだからね」と答えますが、内心では相当切羽詰っているらしいという印象を受けてしまいます。どうやら、彼らに伝えられていること以上に根が深い問題がある様です。
担当が割り振られて、皆さんがそれぞれに別れたあと、三奈月さんがぽつりと残ってしまいました。
(そりゃ確かに私は技術的には、まだまだだけど・・)ちょっと落ち込んでしまいます。
タタさん、高原さんとの話を終えて、彼女の方へと近づいてきました。
「三奈月さんは、私とどういう経緯で侵入されたかを調べてください。このままマシンルームに行けますか?」
そう云って、部屋を出ていく彼の後を慌てて追います。
追いついて横に並びました。ちらりとタタさんの横顔を見ます。これから大変な作業が待っているでしょうに、少しだけその顔に見入ってしまいました。
と、目の前に迫って来た扉に肩口からぶつかってしまいます。
「だいじょうぶですか」と彼女を抱え上げてくれたのは、いつものタタさんの笑顔でした。
◇ ◇ ◆
註
*1: Mark Chao-Kuang Yang さん作成の PilotDesktopExtensions です。インストールすると Palm/Pilot に表示されるアイコンが、Windows上でも表示がされるようになります。また、右クリックでのインストール、情報の表示も可能となります。

