1998年7月アーカイブ

ガールズ・ブラボー
連載28(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

「どう?環境は」
「環境はすごく、いいよ」
「ふうん、なにがいいの?」
「みんないい人だし、」
「いいなぁ、私のところなんて、本当、下っぱあつかいだよ」
「そうなの」
 マキさん、高原さんからのお誘いを断腸の思いで断わったのは、この日、同期の人たちとの会があったからでした。グループそれぞれに配属されてからの、久しぶりに集まりとなりました。
 まだ、みなさん直接の仕事には、あまり関わっていないので、ほんとんどが集合できました。こういうことは、今だけなのかもしれません。
 周りの人の話を聞いていると、雑用をまわされることが結構、多いらしいのです。コピーや、会議中のお茶。電話取りなど。
「マキのところはどうなの?」
「みなさん、自分のことは自分でやってるし、別に・・ なるべく、電話は取るようにしているけど」そう答えます。
 やっぱり、あのグループ、評判良かったもんね。と云われます。確かにそうなのかもしれないです。他の意見を聞くと、その様です。
「岡崎って、今いるの?付き合っている人って?」
「はぁ?」酔った勢いなのか、男の子に云われます。
「いないけど・・」
「じゃあ、デートしようよ」
「本気?」
「半分本気なんだけど」
「どうして、半分なの?」
「酔いが覚めたら、後悔するかもしれないから・・」

 一次会だけで失礼することにしました。高原さんのマンションに押しかけようという魂胆です。まだ、みなさん揃っているでしょうから。RightNow *1 で電車の時刻をチェックします。
 連絡を入れようと、携帯電話を手にしたときに、知っている顔が目に入りました。
「美由さん」
「あれ?マキちゃん。飲み会?」
 はい、と答えます。パチンコ店から出て来た彼女と会ってしまったのでした。
「パチンコですかぁ?」
「いや、パチスロってやつ」少し、お酒が入っているのか、美由さんいつもと口調が違います。また、マキさんの知っている彼女とも違って見えます。
「負けたんです?」
「ううん、勝った・・・」と云いますが、なんか暗いです。
「飲み会だったの?」「はい」同じことを、また、訊かれます。
「もう一件、行かない」
 いいですよ、と携帯をしまいます。まあ、タタさんには明日、確実に会えますから。実際、美由さんとはたまに会話を交す程度で、あまり、じっくりとは向い合うことがありませんでした。同期の人とくらいしか、事務関係の人と話すこともありませんし。
 しゃれた雰囲気のお店に入ります。美由さんはよく来るらしく、お店の人と親しげです。
「ここ、よく来るのですか?」
「うん、時々ね」
「スロットってよくするんですか?」
 美由さん首を振ります。
「今日、初めてやったの」
「そうなんですか」 Palm Slot *2 ってあったなぁ、と思い出します。
「ちょっと、むしゃくしゃしてたからさ・・」
「しごと、ですか?」ちょっと、恐るおそる訊いてみます。
 美由さん、ワイングラスを片手に頬杖を付き、眉間に皺を寄せています。マキさんから見れば、そんな仕草がすごく魅惑的に見えてしまいます。
「さけてるの」
「なにが、ですか?」
 美由さん、首を振ります。
「べつに、服がほつれてるって云っているんじゃないの」不機嫌そうに云うと、また、しばらく黙ります。(裂けて) ではなく、避けてということでしょうか。
「あんにゃろう」呟きます。
「有川さんですか?」
「そうよぉ、あいつ避けてるの、私のこと」
 どうやら、それで慌ているらしいのです。マキさん、彼女のグラスに注ぎます。
「気のせいじゃないですか、私から見ると有川さんいつも通りに見えますけど」
 また、美由さんは首を振ります。
「だって、このところ二人で会ってくれないのよぅ」
 まだ、この環境に馴染めていないということでしょうか。マキさんは有川くんのために、ここまでなってしまう美由さんが分かりません。有川くんのどこにそんな魅力があるのでしょうか。
 それから、しばらく、愚痴を聞く側にまわっていました。
 ひと通り話すと、ちょっと満足したみたいです。美由さん、グラスを見つめて溜め息です。
「好きなんですね」
 え? マキさんの言葉に驚いたらしいです。
「いいなぁ」卒直な意見を云います。
「有川さんて、美由さんのこと話す時って、すごく嬉しそうなんですよね。のろけだよなぁ、あれは」
 本当? それを聞いて、急に元気になってしまったみたいな、美由さんです。
(すごく、かわいい人かもしれない・・) マキさん、そう思ってしまうのでした。

 もう帰りましょう。そう云ってみたのですが・・・
「これから、カラオケに行くの」
「そうなんですか?」
 マキさん Pilot を取り出して、時刻を確認しようとしていたのですけど、
「なに?他人ごとみたいに。一緒に行くの」
「え、ふたりで、ですか?」
「なによぅ、あたしのマイクじゃ歌えないってぇの」
 美由さんは、マキさんと腕をがっちりと組むと、歩き始めます。そして、また、夜の街へと消えて行くのでした。

◇ ◇ ◆


*1: 田村博さん作成の時刻表アプリケーションです。愛用されている様です。
*2: パチスロゲームです。とても雰囲気のある画面ですね。soda さん作成です。

思いと想い
連載27(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

 タタさん、新幹線の中でも、キーを叩いています。今回のプロジェクトのまとめとしてドキュメントを作成しているのですが、連日のハードスケジュールのために、集中力を欠いている様子。
「あれ?」
 あまりきちんと、充電をしていなかったせいで、ノートPCのバッテリーが終ってしまった様です。メモリの情報を、ディスクに書き込むプログレスバーを呆然と見ながら反省します。そこで、ちょっと、目と手と頭を休めたのですが、そうもしていられません。
 Pilot を取り出すと、QED *1 を起動します。一時停止していた意識を再度呼び出すと、文字へと変換を始めます。キーボードと違って、Graffiti の入力は、多少の障害にはなりますが、ペースを掴められれば、驚くほど(筆)が進みます。
 Drag&Drop *2 と、D ClipBoard *3 を駆使して、ドキュメントを書き上げていきます。

 鶴川さんが云います。
「タタさん、今日帰ってくるからね」
「そうみたいですね、よかったですね」と、高原さん。
 マキさんも、
「結局、一週間くらい延びちゃいましたね」
「そうか、一週間経っちゃったのか」
「あちらの方は、カタがついたらしいから、とりあえずは安心ですよね」
「一応、スケジュール通りだったのでしょう?」
 鶴川さんに訊きます。
「まあ、あちらの都合で引き止めたってことで、ずいぶん、恐縮されちゃったんだけど」
 それで、今日は会社に来るのです? マキさんが訊きます。
「いや、今日はもう帰って、明日から」
 そうですか・・マキさん残念そうです。
 その会話を、少し遠くから耳にしていた三奈月さん、Pilot を手にして、DateBook の「タタさん」という項目を明日にずらします。
 そして、溜め息をひとつ。その仕草を、高原さんにしっかり見られていたのでした。

 電池が無くなりつつあるのに気がついたのは、Volt が相当下ってからでした。あいにく、買い置きの単4電池は持っていません。タタさんは仕方がなく、新幹線を降りてキヨスクへ向います。
「あれ?」
 財布の中を探っている間に、発車してしまいました。
 しばらく、呆然とたたずむタタさん・・・

 有川くんは、今日は外へ出ています。マキさんも急ぎのことがあるというので、高原さんと三奈月さんとで、社食に来ました。
 今日はふたりして、麺類を選択しました。向い合って、それを箸へ絡めます。食べるのに没頭しているのか、三奈月さんは静かです。それ見て、
「今日、会えると思っていたの?」
「え?」
「分かりやすいなぁ」
 三奈月さん、うつむいてしまいます。いじわるするつもりは無かったのですけど。つい、笑みがこぼれます。
「彼の前でそのくらい、素直になれればいいのだけど」
 まあ、タタさんはニブいから、その程度じゃダメかな。と云います。
「そんなこと・・」
 日本そばを無意味にかき混ぜながら、考え込んでしまう三奈月さんでした。そんな彼女を見て、
「今日さ」
「はい?」
「又八郎さんを連れに、タタさんが、ウチに来るんだよね。久しぶりに家で一緒食事しようか、ってことになっているんだけど」
 三奈月さん、顔を上げます。
「ダンナも今日は家にいるみたいだし、タタさんもあんな体つきでよく食べるからさ。結構、用意が大変かなぁ、て」
 手伝ってくれるかな? と訊かれます。
 彼女の顔が、ぱっ、と輝きました。

「あれ?」
 気が抜けたせいか、座席でついウトウトとしてしまったみたいです。タタさん、思わず額を(ぺちぺち)と叩きます。
 Pilot を手にして、考えのまとめと、文章の作成に戻ります。Commander *4 のショートカットから、QED を再度呼び出しました。最近では、このラウンチャーを好んで使っています。
 少しの間は、Pilot の上をスタイラスが快調に走っていたのですが、いつの間にかその手も止まり、また、眠りに吸い込まれて行ってしまうのでした。タタさんの手から、Pilot がゆっくりと、シートへ滑り落ちます。

「やあ、こんばんは。おかえりなさい」
 誠司さんが迎えてくれます。彼は今日、会社を休んだらしかったです。
 一緒に、又八郎さんも廊下を歩いてきます。そして、一声。
 途中で買った食材をキッチンへと運び、早速、準備にとりかかります。
「タタさん、さっき、家に着いたって電話が来たから、そろそろ向って来ていると思うよ」
 という言葉に、三奈月さんの鼓動が少しだけ早くなります。会社を出る時にマキさんにも声を掛けたのですけど、彼女は今日は用事があるようでした。とても、残念そうにしていました。
 三奈月さんも一緒ということに、誠司さんは何の疑問も持っていない様子です。居間で又八郎さんとくつろぎながら、ノートPCのキーを叩いています。
 高原さんと三奈月さん、ふたりしてキッチンに立つと準備を始めました。

 タタさんは、駐車場へ車を入れると、お土産を持って、降ります。彼らのマンションへ来るのは本当に久しぶりだったので、ちょっとウロウロしてしまいました。
 エレベータの扉が閉まります。
 家へ着いてもあまり、ゆっくりしている時間がありませんでした。本当は会社に顔を出したかったのですが。
 彼女の顔を思い出します。
(まあ、しょうがいないですね。明日は会えるでしょうし)
 エレベータを降りて、廊下を歩きます。扉の前に立って、チャイムを鳴らしました。ドアに近づいてくる足音が微かに聞こえてきます。
 開きました。
「おかえりなさい」
 彼女が目の前にいました。
「あれ?・・ ただいま」
 彼女が微笑みます。

◇ ◇ ◆


*1: 本格的なエディタです。Doc フォーマットのドキュメントを作ることができます。 Kurt Schuster さん作成。
*2: 福本さんの Drag&Drop ユーティリティです。別途、様々なモジュールをインストールすることで、いろいろな機能を追加できます。
*3: 山田さん作 DAL と連携することで、複数のクリップボードデータを実現できます。Drag&Drop モジュール。今関さん作成。
*4: 高機能ラウンチャー。ショートカットを設定すると、それでアプリケーションを呼び出すこともできます。Palmation 作成。

Wild Wind
連載26(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

パタパタパタ。
廊下をスリッパで、駆けていく音が聞こえます。それから、ドアの開く音。
「いってきまーす」と、そちらから声がしました。
「はい、行ってらっしゃい」呟きます。
 誠司さん、トーストをくわえながら、新聞を見ていました。いつもの朝のひとときです。いつものメニューをたいらげると、高原さんが半分飲んでいったコーヒーの、そのもう半分を、カップに注ぎます。
 煙草を咥えて、ライターの火を近づけます。
 煙を吐き出しつつ、ノートPC を起こし、メールをチェックします。特に緊急の用件は無さそうでした。有川くんからのメールが久しぶりに来ていました。
『今日あたり、夕食をご一緒できませんか?』
 という内容です。
「珍しいねぇ」
 了解のメールをその場で書きます。今日は特に忙しいことも、打ち合わせも入っていないはずです。彼の云うとおり、確かに珍しいことです。
(なにか、理由があるんだろうな)
 漠然と感じます。
 もう一人、キッチンに入ってきました。朝食を始めます。
「よお、おれより遅い昼食か?」
 居候の身の又八郎さん、それに答えます。
 明日には、タタさんが戻ってくる予定ですので、又八郎さん、今日明日はお世話にならなければなりません。
 誠司さんが、いつもの Web 巡回コースを回っている間に、又八郎さんはお皿のキャットフードを食べてしまいました。そして、居間へ移動して、窓を手で「コンコン」と叩きます。
 誠司さんは手をちょっと止めて、居間に入ってきました。窓を開くと、又八郎さん、するりと外へ出ました。一度ふり向いて、そして、軽い足取りで行ってしまいます。
「行ってらっしゃい」彼もお見送りします。
「手のかからない、おひとだねぇ」そう云って、窓を閉めました。

 Dragon Bane *1 は、インストールしてありますが、あまりまだ、触ってみてはいない状態です。彼の Pilot は 4M ですから、多少大きなアプリケーションでも、まず、問題はありません。辞書は Dic-TK *2 を入れ、KDIC *3 も TRAIN *4 も入っています。
 問題はやはり、アプリがたくさん在るぶん、「Hard Reset」からの復旧が大変になります。PiloInst+ *5 を便利に使用させて貰っています。
 そろそろ、Pilotware の開発にも手を出したいところなのですが、なかなか始められないでいます。
 灰皿を片付けます。そろそろ、出掛けなければなりません。
 車庫に来ました。カバンを助手席へ放ると、キーを差し込み、回します。辺りにエンジン音が拡がります。少しアイドリングした後、アクセルを踏みました。
 いつもながら、日はすでにもう高く、サングラスを手だけで探って掛けます。煙草に火を点けようとして、ひとつ、気付いたことがありました。
「いけね。財布を忘れた・・」

 約束があったので、仕事を早めに切り上げました。それから、有川くんに指定されたお店に来たのですが。
「彼は、まだ来ていませんよ」
 その店員の口ぶりから、彼はどうも顔見知りの様です。なるほど、Jazz が流れていて、いかにも有川くんの好きそうな雰囲気ではあります。ピアノが中央に置かれています。
 誠司さんも、咥え煙草でピアノを弾く彼の姿を、何度となく見ています。
「すみません、待ちました?」彼です。
「はい、これ」高原さんからです、と封筒を渡されます。誠司さん、奥さんに心の中でお礼を云いながら、それを受け取ります。まさか、有川くんに奢って貰うわけにもいきませんので、事前にメールを入れておいたのでした。
 ふたりで、向いあって座ります。しばらく、近況などを話しました。
「彼は、まだ帰ってこないの?」
「タタさんですか?明日に戻ってくるって聞いてますけど」
「いや、タタさんのことは知ってるよ。又八郎さんはウチだからね」
 そうじゃなくて・・ と、ちょっと考え込みます。
「ああ」有川くん、判ったようです。
「安堂ですね」「そうそう」
「どうなんでしょう、全然、情報が来ないですよ。もう2年ですねぇ」
 安堂くんという人は、有川くんの同期入社なのですが、今はアメリカへ出向しています。別のグループだったのですが、誠司さんと一緒にプロジェクトに関わったという経緯があります。
「ずいぶん前にメールがありましたけど、結局、彼女と別れたらしいです」
「ふうん、遠距離は難しいか」
「せめて、陸続きだったら良かったのかもしれないですけどね」

「あのさ」
 一時間くらい経ったでしょうか、誠司さんが云います。
「そろそろ、本題に入ったらどうだ?」
 はあ、急に有川くん、なさけの無い顔になります。
「仕事のことか?」
 首を振ります。そして、隣の椅子に置いていたリュックサックから、取り出したものをテーブルの上に置きます。
「そうか・・とうとう、覚悟を決めたか。それで、さっきからおれのこれを、ちらちら見てたんだな」
 そう云って誠司さん、自分の結婚指輪を指でつつきます。
 有川くん、残っていたワインをぐいっと空けて訊きます。
「どうしたら、いいのでしょう?」
「はあ?普通に渡せばいいだろう?彼女だって、お前にそんな凝った演出は求めてないからさ」
「でも、なんか極意があるでしょう?こういうことって、センパイしか訊く人がいないんですよぅ」『センパイ』を強調して云います。
「極意ねぇ」
 少し考え込むようにしていた誠司さんは、テーブルをトンと叩いて云います。
「一曲、弾ってくれたら、教えようかな」とピアノの方を指差します。
 おやすいご用です。と有川くん、マスターのところへ行って許可を貰います。それまで店内に流れていた曲がストップしました。
 彼は、軽く周りに一礼してから、ピアノの前に座ります。旋律が流れ始めます。
 隣に座っていた女性客から溜め息が漏れるのが、聞こえました。誠司さんはテーブルの上に乗っている、その箱を眺めます。
 「いい男じゃないの。十分に」
 彼女だって分かっているさ。
 鍵盤の上をなぞっている、彼を眺めながら、「極意」の言葉を繕います。元々、そんな(もの)は無いのですが・・

◇ ◇ ◆


*1: 話題のPilot版、本格 RPG。Palm Creations 作成。
*2: パワフルなフリーの J-OS 辞書です。桂川さん作成。
*3: 川島さん作成の辞書アプリケーションです。
*4: おなじみ、今関さん作成、電車の経路を検索できます。
*5: Pilot のインストールを簡単に行えるツールです。それぞれのバックアップを保存することもできます。masさん作成。

又八郎さんと私
連載25(Ver1.0)

◆ ◇ ◇

「延びたのですか?」
「そうみたい」
「いつまで?」
「来週のアタマかな」
 ふう、と三奈月さん、息を吐きます。
「そう、あからさまに落胆しないでよ」
「だって・・」
 彼女、社食のニシンをつつきまわします。先に食べ終ってしまった、高原さんは、お茶を口にしています。
「月曜の打合せがあるから、それに出席して欲しい、って云われたらしいよ」有川くんは土曜日に帰ってくるみたいだけど。
 そう云うと彼女を伺い見ます。三奈月さん、口がへの字に曲ってしまいました。魚の解体作業がさらに続いています。それは、骨からはがされて、どんどん細分化されて行きます。
「来週の中ごろには戻ってくるだろうからさ」
「・・・」
 そこへ、マキさんが遅れて来ました。
「ああ、それ美味しいですか」三奈月さんの皿の上を見て云います。
「うん・・」「どうしたんですか?元気無いですね」
 あ、タタさんが帰ってこないからでしょう? と続けます。と、きつい視線が返ってきます。
「あ、あ、マキちゃんにはさっき云ったの」高原さんが、とりなすように答えます。
「先輩ってば、会えないからって、二週間くらいでそんなに荒れちゃあダメですよ」
 珍らしく「先輩」という言葉を使います。それを聞くと急に表情変わって、「そうかな」と訊きます。
 マキさんが近くに来たという影響もあって、最近は、三奈月さん、感情の表し方がストレートになってきました。彼女もそのことに戸惑いを覚えつつも、(悪くないことかな)と思っています。ただ、マキさんに対しては別の思いがあります。
「そうですよぅ」
 と云うマキさんは、もちろん、タタさんに対する想いはありますけど。三奈月さんのことも、もっと好きになってしまっていました。
 今はどちらかと云えば、ふたりになんとかなって貰いたい、という気持ちが茅生えつつあります。マキさん、三奈月さんの隣に座って、チャーハンを口に運び始めます。
「電話とか、mail とかしています?」
「え、なんの?」
「なんの?って、なんでもいいんですよ。していないんですか?」
 三奈月さん、ふるふると首を振ります。マキさん、高原さんはそれを見てから、同じ様に首を振ります。
「三奈月さんが、がんばらないなら、私が頑張っちゃいますからね」マキさんが宣言します。

 次の日は会社は休みです。
 高原さんに誘われて、又八郎さんを迎えに来ました。
「予定より長くなってしまったから、ウチに預かって貰いたいんだって。それまでの約束の期間だったからっていうのもあるけど、都合が悪いらしいの」ということです。
 それまで、又八郎さんはタタさんの東京での唯一の親類のところに居たのですが、これ以上は預かっていられないことになってしまったそうです。
「それで、頼まれたってワケ、うちは平気だからさ」高原さんが云います。
 マキさんもタタさんの愛猫に会いたいとご一緒しています。
「どうして、三奈月さんにそんなに、なついているんですか?」
 迎えに行くと、又八郎さん、脇目もふらずに三奈月さんの胸に抱かれました。
「さあ、つきあいが長いからじゃないの?」
 高原さんの車で、彼女のマンションに向っているのですが、彼は三奈月さんの胸のなかで、とても、くつろいでいる様子です。ちょっと抱かせて、と云うマキさんに見向きもしません。
「気難しいの?」
「さあ。タタさんが云うには、相当頭がいいって」
「でも、猫さんでしょ」
 にゃぁ
 その会話に、納得がいかないというように又八郎さんが鳴きます。
「なんか、怒られちゃったみたい・・」マキさんが呟きます。

 高原さんのマンションに着きました。
「夕方になっちゃったね」
「そうですね」
「送って行くからさ、ちょっとつき合って」という、高原さんは夕飯の用意を始めます。
「いいんですか」というマキさんの問いに、
「たまにはダンナ以外の人の為に、作ってみたい時もあるの」と云います。手伝おうと、マキさんと三奈月さんもキッチンに入りますが、学生の頃から自炊していたというマキさんと違って、三奈月さんはあまりできることもありません。
 結局、邪魔になるだろうと、居間に戻ってきてしまいました。ちょっと、落ち込んでみたりします。
 又八郎さんは、窓の近くでまどろんでいたようですが、彼女が戻って来たのを見ると、そのソファの隣へと登ってきて、三奈月さんに体を寄せました。
「私って、全然、女の子っぽいことできないの」
 そう云って、また、彼を抱き上げました。これまでと違って、彼はじっと彼女を見返してきます。不思議な視線です。タタさんのことを想い出してしまいます。
「いいのかな?」まるで同意を求めるように云います。
 それを聞くと、又八郎さんは彼女の肩あたりに前足を置くと、なるべく体重をかけないようにと、飛び上がりテーブルの上に降りました。そして、その上にあった、マキさんと、三奈月さんの並べてあった Pilotと携帯電話、財布 から、彼女の Pilot を選んでつついています。
「ん?」見ると電源が入りました。
 TealGlance *1 が少し表示されたあとに、タタさんのアドレスブックが開きます。それをまた、じっと見た又八郎さん、今度は三奈月さんをじっと見ます。
「ありゃ、見つかっちゃった」つまり、前に電源を切る時にこの画面を見ていたことになります。
 すると、今度は彼女の携帯電話を、その Pilot の隣に置かれます。それをまた、前足でつつくと、小さく一声鳴きました。
「え?電話するの?」そう訊くと、彼は頷く変わりにまたソファに移動して、携帯を眺める様にします。そうされると、手に取るしかありません。三奈月さん、おずおずとそれを手にしました。
 キッチンの方を伺うと、ふたりの楽しそうな声が小さく聞こえてきます。
 タタさんのナンバーがその液晶に表示されました。又八郎さんを見ると、
「にゃあ」と励ますように云います。
 ボタンを押すと、コール音が聞こえてきました。動悸が早くなってくるのを感じます。また、彼が鳴きます。
(そうか、又八郎さんのことを、まず、話せばいいんだ) そう思います。
『はい、田中です』
 彼の声を聞くと、不思議と動悸は治まってしまいました。
「三奈月です、こんにちは」まず、そう云いました。それから、話し始めます。緊張していたことも忘れてしまって、自然な会話ができます。
 ふと、又八郎さんの方を見ると、「やれやれ、世話がやける」といった顔で、ソファの上に丸くなっていました。

◇ ◇ ◆


*1: 予定と時刻を一定時間表示させることができます。細いカスタマイズが可能。起動した日のデータを一覧します。TealPoint Software's 作成。

デジタルの糸
連載24(Ver1.1)

◆ ◇ ◇

9:29 <#prj:T.T.> おはようございます

9:29 <#prj:T.T.> これから、講習です。

9:30 <#prj:takahara> おはようございます、おつかれさまです

9:30 <#prj:takahara> 大変ですね。がんばって (^^)

9:33 <#prj:T.T.> そうですね、まあ、今日、明日で終りですので

9:33 <#prj:takahara> ですね。そしたら、戻れるの?

9:33 <#prj:T.T.> ええ、たぶん・・

9:35 <#prj:takahara> そう :-)

9:36 <#prj:T.T.> みなさん、お変りないですか?

9:36 <#prj:takahara> ないけど、女性陣はみんな寂しがってます

9:37 <#prj:T.T.> 高原さんも?

9:37 <#prj:takahara> もちろん!! (ちょっと、みえみえ)

9:38 <#prj:takahara> 有川君は?

9:38 <#prj:T.T.> 居ますよ、そこに

9:38 <#prj:T.T.> 「げんきですよ」て

9:44 <#prj:takahara> それは、よかった (^^;

9:45 <#prj:T.T.> そろそろ、行きますね

9:45 <#prj:takahara> 行ってらっしゃい、がんばってね

9:45 <#prj:T.T.> はい、(^^)/

 

10:07 <#prj:takahara> アリカワ! いるかぁ!

10:15 arikawa has joined channel #prj

10:16 <#prj:arikawa> なんです?高原さん、暇なの?

10:17 <#prj:takahara> なに?! そのいいぐさわ

10:17 <#prj:arikawa> ・・・・(^_^;)

10:17 <#prj:arikawa> タタさんが講習中だってのに、おれが遊んでいるわけない

じゃないですかっ

10:17 <#prj:arikawa> 日時処理とか、ちゃんとチェックして、万全に整えることを

考えてますよ

10:20 <#prj:takahara> そお?ならいいけど、

10:21 <#prj:takahara> へたしたら、まだ寝てるのかなぁ て

10:27 <#prj:arikawa> ひどいなぁ、

10:27 3naduki has joined channel #prj

10:27 <#prj:3naduki> おはようございまーす

10:27 <#prj:takahara> おはよう

10:27 <#prj:arikawa> おはよう!

10:28 <#prj:3naduki> 有川さん、おげんきです?

10:28 <#prj:arikawa> うん、まあまあ

10:28 <#prj:3naduki> なんですか?まあまあって

10:28 <#prj:arikawa> いろいろ、あるわけ、コドモにはわからないことが

10:28 <#prj:3naduki> むう、

10:46 <#prj:takahara> まえのトラブルは解決したんだよね?

10:49 <#prj:arikawa> ええ、なんとか、徹夜したんですよ (;_;)

10:50 <#prj:takahara> はは、おつかれさまです (^^;;

11:13 <#prj:3naduki> そうだったんですか、たいへんでしたね (T_T)

 

12:39 MAKI has joined channel #prj

12:41 <#prj:MAKI> だれもいない・・

12:43 <#prj:T.T.> 居ますよ、

12:43 <#prj:MAKI> ああ、タタさん (T_T)

12:43 <#prj:T.T.> なんで、泣くんですか

12:43 <#prj:MAKI> おひさしぶりです。

12:44 <#prj:T.T.> そうですね、

12:44 <#prj:MAKI> 今日の講習は終ったのですか?

12:44 <#prj:T.T.> いえ、まだ、午後の授業が残っていますよ

12:44 <#prj:MAKI> 大変ですね

12:44 <#prj:T.T.> でも、結構、楽しいですよ

12:45 <#prj:T.T.> みなさん、真剣に聞いてくれますし。やりがいはあります。

12:45 <#prj:MAKI> そうですか (^_^)

12:45 <#prj:T.T.> 岡崎さんはもう馴れましたか?ウチの人たち

12:47 <#prj:MAKI> もう、同化しちゃってます。前からここにいたみたいに

12:50 <#prj:T.T.> そう?

12:50 <#prj:MAKI> はい!

12:51 <#prj:3naduki> 三奈月です、

12:51 <#prj:MAKI> びっくりしたぁ

12:51 <#prj:3naduki> ??

12:51 <#prj:MAKI> せっかく、ふたりではなしてたのに

12:51 <#prj:3naduki> (-"-)

12:52 <#prj:T.T.> そろそろ、午後の授業がはじまりますので、行ってきます

12:52 <#prj:MAKI> 行ってらっしゃい (^^)/

12:52 <#prj:3naduki> いつの間にこのチャンネルを知ったの?

12:54 <#prj:MAKI> ああっ、三奈月さん、内緒にしてた?

12:54 <#prj:3naduki> い、いや・・そういうわけでは・・

12:54 <#prj:MAKI> ちょっと、「さし」で話しましょうか

12:54 <#prj:3naduki> (こ、こわい)

 

17:52 <#prj:T.T.> おわりました、ちょっと、疲れました

18:00 <#prj:MAKI> おつかれさまです

18:15 <#prj:T.T.> 講習はもう一日ですので、がんばります

18:16 <#prj:MAKI> (^_^) がんばってください

18:17 <#prj:T.T.> そうしたら、たぶん、帰ります。お土産、持って

18:17 <#prj:MAKI> 楽しみです (^_^)

18:18 ari-palm has joined channel #prj

18:18 <#prj:ari-palm> どもども

18:19 <#prj:T.T.> どこからです?

18:19 <#prj:ari-palm> タタさんからはすぐそこですよぅ

18:19 <#prj:ari-palm> PalmIRC *1 からの通信です (ニヤリ)

18:20 <#prj:MAKI> え、もしかして、Pilot からですか?

18:20 <#prj:ari-palm> フフフ、その通り

18:20 <#prj:MAKI> すごおい、そんなソフトがあったのですね

18:22 <#prj:T.T.> まさか、ウチの会社の Freeダイアルにかけているんじゃない

ですよね

18:22 ari-palm has left IRC (EOF From client)

18:23 <#prj:MAKI> あ、逃げた・・・

18:23 <#prj:T.T.> まったく・・

 

22:38 <#test:3naduki> ああああ

22:40 T.T. has joined channel #test

22:40 <#test:3naduki> え?

22:40 <#test:T.T.> どうしたんですか?こんな時間に

22:41 <#test:3naduki> あれ?タタさん?どうしたんですか

22:41 <#test:T.T.> いえ、なんとなく

22:42 <#test:3naduki> 私は久しぶりの IRC で、「おさらい」に来たのですけど、

22:42 <#test:T.T.> そうでしたか

22:43 <#test:3naduki> タタさん、今日は七夕だって、覚えていました??

22:44 <#test:T.T.> そうでした、すっかり忘れてました。

22:44 <#test:3naduki> 外は曇りみたいですね

22:45 <#test:T.T.> そうですか? こちらは星が見えてますよ

 三奈月さんは、端末に書きかけていた、一行を消しました。
 どうしても伝えられない言葉です。でも、どうしても伝えたい言葉でもあります。
 でも、タタさんが相手だと、その全てが伝わってしまっているような、奇妙な感覚を覚えます。
「明日もがんばってくださいね」とだけ云って通信を終りました。彼との接続が切れたのに、不思議な安息が彼女を包みます。三奈月さん、そのまま、ベッドに潜りこみました。

◇ ◇ ◆


*1: Palm/Pilot 版 IRCクライアントソフトです。PPP 接続をして、IRCサーバに接続します。Okamoto さん作成

嵐のあと
連載23 (Ver1.0)

◆ ◇ ◇

 徹夜明けとはいえ、前日はずいぶん早くに就寝しましたから、ほぼいつも通りの時間に目が覚めました。
 テーブルの上にメモがあります。
『打ち合わせがありますので、先にでかけます。昼ごろに来てくれれば良いです。 T.T.』 
 この数日そうでしたが、タタさんは朝食を取るために、有川くんより先に部屋を出ていました。朝食を食べることが、まず無い彼は、コーヒーを飲むためだけに、朝、タタさんの行きつけている喫茶店に行って、そこでタタさんと合流して、出勤しているのです。
 というわけで、この朝は特別に甘えさせていただける様です。有川くん、とりあえず、シャワールームに入ります。
 出たところで、いつものようにプロパイダに接続して、いつものサイトへアクセスします。朝の一服を点けて、倖せな気分です。冷蔵庫から缶のコーヒーを取りだして、プルを開けます。Web でいつものコースを巡回し始めます。
 J-OSIII *1 の最新リリースを、インストールしてみました。そのパーフェクトな出来に思わず感嘆します。
 咥え煙草で、キーを叩き、その他の最新ツールのダウンロードをして、PalmIII へ入れてみます。紫煙が部屋に充満していきます。タタさんが一緒のときは、そうもいきませんので。
 一通り巡った後に、会社の内側のネットワークに接続して、メールをチェックします。美由さんから、何通かのメールが届いていました。それに対して簡単な返事を書いて送ります。
「電話しなきゃね」呟きます。
 ドタバタのせいでなかなか、それができませんでした。とりあえず、今夜にでも掛けることに決めます。

 タタさんお言葉通りに、朝のひとときを過ごします。テレビをつけて、ワイドショーなんかをのんびりと眺めます。とは云っても、やはり、内容はどうでもよく、昨日行った作業に関して思いを巡らせます。すると、幾つか問題点になるであろう部分が浮びあがってきました。
 早くそれのチェックをしたいところですが、タタさんが(ゆっくりとしてください)と気を使ってくれた手前ですから、あえてのんびりを決めこむことにします。朝にしては珍しいくらい、煙草が消費されていきます。
 映像については結局のところ、彼にとって、どうでもよい事柄が耳を通過していくだけです。今更、もう一度ベッドにもぐることもできないので、のんびりと仕度を始めることにします。
 ベッドの脇に置いてあった、旅行用のバッグに洗濯するべきものを詰め込みます。仕事用には別の入れ物にを用意していたので、ノートPC をそちらへしまいます。バッグの中に手を突込んでいたときに、指先にあたったものがあります。それを取り出しました。
 手の中のそれは、小さく、しかしその物ゆえに重さがあります。
「なんで、持ってきたんだろう・・」
 大切なものであることは分かっています、部屋へ置きっぱなしにすることはできませんでした。(おれが思っている程、大切なものなのかな) 自問してみますが、答えは返ってきません。
 スーツに着替えを始めます。

 ふと、気がつきました。
 タタさんのベッドがやけに、きれいなのです。
 まさか・・
「タタさん、昨日も寝てないんじゃ・・」
 いつもマイペースな彼ですから、無理はしないでしょうし、また、無理をしない術を識っているとは思いますが、いかんせん、今回のことは予定外でした。
 そう思ってみると、夢うつつにキーボードを打っている彼を見たような気がしてきます。
 慌てて着替えをします。適当に髪に櫛を通すと、ネクタイを締めました。少しバランスに問題がありましたが、構わず、仕事用のバッグの口を閉めます。部屋を出ようとしたときに、先程、手にとった箱がテーブルの上に乗っているのに気付きます。
 それを再度手にして、蓋を開けます。そして、それを取りだすと、そっと、内ポケットに忍ばせました。なんとなく、身に付けておきたい気持ちが湧いたのです。そうして、急いでドアを出ます。鍵を忘れずに。
 タタさんの元へと、早いペースで歩き始めました。

 美由さんは、ほとんどオンタイムで彼のメールを読んでいました。
 「みゅうへ」というタイトルを見て、つい、嬉しくなってしまいます。今、彼女をそう呼ぶのは彼だけです。
(まったく。色気の無いメールですこと) 心の中で呟きます。聞いてはいましたが、前日のトラブルのことが、書き連ねてあります。その素気無さに返って心配になります。
 最後の一行。「今夜、電話するから」というのを見て、思わず頬が緩んでしまうのでした。
 こんなに、感情を左右されてしまうことに戸惑いを覚えつつ・・。
「どうしたの?」
 近くの人にそれを悟られてしまったみたいです。いえ、なんでもないです。そう答えますが、その日は、それを何度も読み返しては、悦に入ってしまうのでした。

◇ ◇ ◆


*1: 云わずがなも、な、山田さん作成の最新 J-OS です。III は現時点では、Beta版ではありますが、その内容は正しく、「日本語 PilotOS」と云えるものです。なぜ、3com がこれを純正にしないのか・・ まあ、難しいことがあるのでしょうか。これを目のあたりにすると、パラダイムシフトが起ります。

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